なるほど
投稿者: altoids391 投稿日時: 2003/08/19 13:53 投稿番号: [2015 / 41162]
>司法裁判の典型的な方法だがね。
これが責任なき言葉だったミスは認めよう。さて・・・。
>「第三次資料」という分類が、「司法裁判の典型的な方法」であることを示す説明は出てこない
彼の書き込みを要約すると、「再審南京大虐殺」の文献の中には
資料の信頼性を何段階かに分ける歴史学研究の方法論が記載されているが
彼は本の中に「その方法論が司法裁判の典型的な
方法であることを示す説明は出てこない」と言っている訳だな。
まあ、どうでも良い事だ。
しかし彼も資料価値としての等級を何段階に分ける
歴史学研究の方法論まで、否定している訳では無い。
歴史学研究で資料等級を分ける方法論はこれ。
一等資料とは、ある事件が発生した時に、その場所で、当事者が残した
資料を言う。二等資料とは、当事者が、異なる時間か、場所で残し
た資料。三等資料とは、一、二等資料を基にして、編集・公表したものである。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_1/jog079.htmlこれは「再審南京大虐殺」の文献の中の
資料等級の分け方と一致しているハズだが。
彼はこの方法論では不服だとして「ラーベの日記」は
第二次資料だと主張している訳だ。
>ラーベ自身が清書したわけだから、「南京爆撃」段階では控えめに見ても「二次資料」。編集者が文章そのものに手を加えたのであれば「三次資料」ということになろうが、単なる「抜粋」なのだから、「二次資料」よりも等級が下がることはありえない。(M1991)
「抜粋」云々は世間では「編集」と言う。
文章を加筆や削除された可能性もある「ラーベの日記」を
彼は全面的に鵜呑みにして信用のおける資料と主張している訳だ。
そして俺が「ラーベの日記」は「再審南京大虐殺」の本で
第三次資料とされていると指摘したところ。
>「第三次資料」という言葉すら、ない。altoids391君は、そこまでいい加減なことをやったんかい。
↑彼はこう言っている。
その文献の中では「第三次史料」と言う単語で文章に記載されてるハズだが、
「第三次資料」で字が違うから意味が全然違うとでも言いたいのかね。
>答えられないのだったら、もうレスはいいよ。
そりゃ俺のレスは欲しくないだろう(笑)
これは メッセージ 2014 (yu77799 さん)への返信です.
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