日本側の資料としては
投稿者: nita2 投稿日時: 2002/07/30 16:56 投稿番号: [194 / 41162]
戦闘詳報や戦時旬報、陣中日記なんかが残っていますよ。
例えば
「第114師団歩兵第127旅団歩兵第66連隊第1大隊(戦闘詳報)
[13日午後2時] 連隊長より左の命令を受く。
旅団命令により捕虜は全部殺すべし。その方法は十数名を捕縛し逐次銃殺してはい
かん。
各隊ともに午後五時準備終わり刺殺を開始し、おおむね午後七時三十分刺殺を終わ
り、連隊に報告す。第一中隊は当初の予定を変更して一気に監禁し焼かんとして失
敗せり。
捕虜は観念し恐れず軍刀の前に首をさし伸ぶるもの、銃剣の前に乗り出し従容とし
おるものありたるも、中には泣き喚き救助を嘆願せるものあり。特に隊長巡視のさ
いは各所にその声おこれり。 」
とか
「佐々木到一少将(日記)
その後、俘虜続々投降し来たり数千に達す、激昂せる兵は上官の制止を肯かばこそ、
片はしより殺戮する。多数戦友の流血と十日間の辛惨を顧みれば、兵隊ならずとも
「皆やってしまえ」と言いたくなる。 白米はもはや一粒もなし、城内にはあるだろ
うが、俘虜に食わせるものの持ち合わせなんか我が軍には無い筈だった。」
などです。
これらの資料で、戦闘行為以外で殺害された兵士3〜5万人は確認できます。
同時に敗走中に殺害された兵士が3万人、こちらは戦果を過大に報告する習わしがあり
ますから眉唾ですが、この合計数が8万人以上。
で、当時の南京防衛軍の兵員の推計も約8万ですが、半数以上は撤退できたようですし
もちろん、交戦中の戦死者もいる訳です、また、推定殺害数の記載の無い資料もだいぶ
あります。さらに残っている資料は全体の3分の1位です。
どう考えても数は合いません。
結局、東京裁判では埋葬数から20万〜30万という数字が割り出され、根拠にされる
訳です。
さて、数にこだわっているあなたは、どんな数字を割り出しているのですか?
これは メッセージ 189 (akihuyu_48 さん)への返信です.
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