Re: 第十軍(柳川兵団)法務部陣中日誌
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2007/06/12 23:18 投稿番号: [19228 / 41162]
> 12月14日の日記より。「(…)南京に近づくに従い鉄条網を張れるあり
(中略)
> とても6、7体ではありませんなぁ。
どうせAmazonの書評しか読んでなかったんだろ?
私に指摘されて慌てて『ある軍法務官の日記』を読んだのだろうが、第十軍法務部陣中日誌との関連性が全くなくなっているぞ(藁
まずオマエの中途半端な引用をもう少しマシなものにしてやろうか。
『・・・・途中山地ナレバ相当敵ハ強固ナル陣地ヲ築キタルヲ見ル ツマリ塹壕ヲ無数二掘リ 南京二近ヅクニ従ヒ鉄条網ヲ張レルアリ 陣地ニハ多数ノ支那人斃レタルヲ見ル 中ニハ十数人モ重ナリ合フ死体アルヲ見ル即チ累々タル屍山ヲ為ストモ言フベキカ 三時半頃漸ク南京ノ南方二着シ城壁ヲ眺望ス、・・・・』
ここの死体は外郭陣地の戦死体だ。
『・・・・城壁ノ南門二近付ケバ貨車、乗用自動車、車輌等ニテ前進ヲ妨ゲラレ約一時間余モ停止ス ソノ間二直グ傍ノ家ハ火炎上リ道路広キ為大概危険ナシト思フモ或人曰ク時々弾薬ノソノ家ニアリ爆発スルコトアリテ危険ナリトイフ 従テ早ク前進シテソノ危険ヲ免レントスルモ進マズ 心配極ナシ 又路傍ニハ支那正規兵ガ重ナリ合ヒソレニ火ガ付キ盛二燃エ居ルヲ見ル・・・・』
これもまだ城外の戦死体だ。
『・・・・漸クニシテ南門前二至ル 全部石ニテ積ミ上ゲシ城壁ハ高サ三丈モアルカト思ハレ昨日ノ戦闘タケナハナリシ我ガ砲弾ノ為二破壊セラレタル所アルモ城壁ノ幅広ク車ノ通ル位ナリトノコトナレバ到底普通ノ砲弾ニテハ之ヲ崩スコト困難ナリト聞ク 門二入レバ両側ニハ支那兵ノ死体累々タルヲ見ル 南京ノ道路ハソノ広サ舗装等東京ノ改正道路ニ劣ラズ家屋モ殆ド同様ノ程度カト思ハルル程立派ナリ 昨日一昨日卜僅二三日ノ戦ニテ既ニ陥落ス 日本軍ノ威力絶大ナルヲ思ハシム 全ク昨日マデ激戦ナリシ生々シキ戦場ヲ見ル感慨無量 結局日本魂ノ発現ナリト言ハザルベカラズ・・・・』
これは城門内及びその附近の様子。
「昨日マデ激戦ナリシ生々シキ戦場」と書かれているとおり、第六師団が激戦を繰り広げた城壁・城門エリアだ。ここにある死体は戦闘による戦死者でしかあり得ない。
小川氏の宣誓口供書は捕虜、市民の違法な殺害の容疑に対する弁護側証言だぞ。
戦死体が転がっていて当然の戦闘エリアの死体に、どうしてわざわざ言及しなきゃならないんだよ?
どの死体が「南京事件の犠牲者」に該当するって言うんだ(藁
宣誓口供書の
「自分は十二月十四日正午頃南京に入り、午後第十軍の警備地区(南京の南部)の一部を巡視したが、その時、中国兵の戦死体を六、七体見ただけで、他に死体は見なかった。」
の部分は、『ある軍法務官の日記』では十二月十五日分に該当がある。
『・・・・午後市内ノ状況視察二出ル 各十字街ニハ鉄条網設ケアリ 又ソノ傍ニハ支那正規兵ノ幾人モ斃レソレニ衣類二点火シテ焚キツツアリ・・・・』
がそれだ。
まさか、「幾人モ」と「六、七体」が食い違いだとは言わないだろうな?
このように日付が1日違っている以外、宣誓口供書と日記の間に齟齬はない。
それとも、本人が8年前の自分の行動について日付を1日間違っているから、それは嘘で信用できない、とでも言いたいのかよ?
> 14日から19日のあいだに限定して「聞いてない」と胸を張られても困るわけだが、15日にはレディーバード号事件の「噂」を司令官から聞いている。
はぁ?
「日記と照らし合わせると嘘をついている、ってことが判りますね」なんだろ?
「14日から19日のあいだに限定して」が何の関係があるって言うんだ。
それからレディバード号事件がどうしたって?
『・・・・司令官ノ談二揚子江ニテ十二三般ノ船二避難民ナルカ逃走兵ナルカ先頭二英国ノ旗ヲ立テイタルガ 例ノ橋本欣五郎ハ構ハズ砲撃ス 撃タレタル方ニテハ英国ノ旗ヲ立テ居ルト言フ橋本大佐ハ左様ノ旗ハ煙幕ノ為判明セザレバ今後少シデモ動ケバ直ニ撃ツト 向フ側ニテハソレニ縮ミ上リ居レリト・・・・』
この談話からどんな犯罪行為が読み取れると言うんだ?
現に戦闘が行われている水域を警告を無視して航行中の、敵兵逃亡幇助の疑いがある船が威嚇射撃の際に誤射を受けたからといって、それが一体どんな戦争犯罪に該当するのか、できるものなら説明してみろ。
> 日記によれば上海に向かったのは1月7日なのだが…。
それが「南京事件の犠牲者名簿」と何の関係があるんだよ(藁
(中略)
> とても6、7体ではありませんなぁ。
どうせAmazonの書評しか読んでなかったんだろ?
私に指摘されて慌てて『ある軍法務官の日記』を読んだのだろうが、第十軍法務部陣中日誌との関連性が全くなくなっているぞ(藁
まずオマエの中途半端な引用をもう少しマシなものにしてやろうか。
『・・・・途中山地ナレバ相当敵ハ強固ナル陣地ヲ築キタルヲ見ル ツマリ塹壕ヲ無数二掘リ 南京二近ヅクニ従ヒ鉄条網ヲ張レルアリ 陣地ニハ多数ノ支那人斃レタルヲ見ル 中ニハ十数人モ重ナリ合フ死体アルヲ見ル即チ累々タル屍山ヲ為ストモ言フベキカ 三時半頃漸ク南京ノ南方二着シ城壁ヲ眺望ス、・・・・』
ここの死体は外郭陣地の戦死体だ。
『・・・・城壁ノ南門二近付ケバ貨車、乗用自動車、車輌等ニテ前進ヲ妨ゲラレ約一時間余モ停止ス ソノ間二直グ傍ノ家ハ火炎上リ道路広キ為大概危険ナシト思フモ或人曰ク時々弾薬ノソノ家ニアリ爆発スルコトアリテ危険ナリトイフ 従テ早ク前進シテソノ危険ヲ免レントスルモ進マズ 心配極ナシ 又路傍ニハ支那正規兵ガ重ナリ合ヒソレニ火ガ付キ盛二燃エ居ルヲ見ル・・・・』
これもまだ城外の戦死体だ。
『・・・・漸クニシテ南門前二至ル 全部石ニテ積ミ上ゲシ城壁ハ高サ三丈モアルカト思ハレ昨日ノ戦闘タケナハナリシ我ガ砲弾ノ為二破壊セラレタル所アルモ城壁ノ幅広ク車ノ通ル位ナリトノコトナレバ到底普通ノ砲弾ニテハ之ヲ崩スコト困難ナリト聞ク 門二入レバ両側ニハ支那兵ノ死体累々タルヲ見ル 南京ノ道路ハソノ広サ舗装等東京ノ改正道路ニ劣ラズ家屋モ殆ド同様ノ程度カト思ハルル程立派ナリ 昨日一昨日卜僅二三日ノ戦ニテ既ニ陥落ス 日本軍ノ威力絶大ナルヲ思ハシム 全ク昨日マデ激戦ナリシ生々シキ戦場ヲ見ル感慨無量 結局日本魂ノ発現ナリト言ハザルベカラズ・・・・』
これは城門内及びその附近の様子。
「昨日マデ激戦ナリシ生々シキ戦場」と書かれているとおり、第六師団が激戦を繰り広げた城壁・城門エリアだ。ここにある死体は戦闘による戦死者でしかあり得ない。
小川氏の宣誓口供書は捕虜、市民の違法な殺害の容疑に対する弁護側証言だぞ。
戦死体が転がっていて当然の戦闘エリアの死体に、どうしてわざわざ言及しなきゃならないんだよ?
どの死体が「南京事件の犠牲者」に該当するって言うんだ(藁
宣誓口供書の
「自分は十二月十四日正午頃南京に入り、午後第十軍の警備地区(南京の南部)の一部を巡視したが、その時、中国兵の戦死体を六、七体見ただけで、他に死体は見なかった。」
の部分は、『ある軍法務官の日記』では十二月十五日分に該当がある。
『・・・・午後市内ノ状況視察二出ル 各十字街ニハ鉄条網設ケアリ 又ソノ傍ニハ支那正規兵ノ幾人モ斃レソレニ衣類二点火シテ焚キツツアリ・・・・』
がそれだ。
まさか、「幾人モ」と「六、七体」が食い違いだとは言わないだろうな?
このように日付が1日違っている以外、宣誓口供書と日記の間に齟齬はない。
それとも、本人が8年前の自分の行動について日付を1日間違っているから、それは嘘で信用できない、とでも言いたいのかよ?
> 14日から19日のあいだに限定して「聞いてない」と胸を張られても困るわけだが、15日にはレディーバード号事件の「噂」を司令官から聞いている。
はぁ?
「日記と照らし合わせると嘘をついている、ってことが判りますね」なんだろ?
「14日から19日のあいだに限定して」が何の関係があるって言うんだ。
それからレディバード号事件がどうしたって?
『・・・・司令官ノ談二揚子江ニテ十二三般ノ船二避難民ナルカ逃走兵ナルカ先頭二英国ノ旗ヲ立テイタルガ 例ノ橋本欣五郎ハ構ハズ砲撃ス 撃タレタル方ニテハ英国ノ旗ヲ立テ居ルト言フ橋本大佐ハ左様ノ旗ハ煙幕ノ為判明セザレバ今後少シデモ動ケバ直ニ撃ツト 向フ側ニテハソレニ縮ミ上リ居レリト・・・・』
この談話からどんな犯罪行為が読み取れると言うんだ?
現に戦闘が行われている水域を警告を無視して航行中の、敵兵逃亡幇助の疑いがある船が威嚇射撃の際に誤射を受けたからといって、それが一体どんな戦争犯罪に該当するのか、できるものなら説明してみろ。
> 日記によれば上海に向かったのは1月7日なのだが…。
それが「南京事件の犠牲者名簿」と何の関係があるんだよ(藁
これは メッセージ 19221 (cheap_thirll さん)への返信です.