南京の真実 PART 1
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/25 09:01 投稿番号: [18561 / 41162]
(社会評論社刊
南京戦
閉ざされた記憶を尋ねて)より抜粋:
十二月十三日の下関一帯は、南京を脱出しようとする避難の大群衆と逃走する兵士でいっぱいで、混乱していた。
すでに揚子江の江上も多数の船や小船、筏にのって中国人たちは対岸に逃れようとしていた。
江岸、江上のこれらの中国人の群れをめがけて陸上からは軽装甲車部隊や機関銃部隊が機銃掃射を、江上の艦船からは機銃掃射や砲撃が加えられた。
無差別殺戮であった。
また、日本兵たちは、捕まえてきた中国人たちを、時には初年兵の(肝試し)
といって刺突訓練の対象にしたり、ゲーム感覚で中国人の首をはねたり、生き埋めにしたりした。
極東国際軍事裁判の判決によれば次のようにかかれている。
(日本軍が占領してから最初の六週間に南京とその周辺で殺害された一般人と
捕虜の総数は、二十万人以上であったことが示されている。
これらの数字は日本軍によって死体を焼き捨てられたり、揚子江になげこまれたり、または他の方法で処分されたりした人々を計算に入れていないのである。)
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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