Re: 全然、再反論してないくせに
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/17 21:45 投稿番号: [18494 / 41162]
>第一に、編集に際して国民党に配慮した痕跡が具体的に指摘されてません。単に可能性を示唆するだけで資料価値を否定できるなら、およそあらゆる資料は使えなくなってしまいます。
戦後、支那において国民党軍によって拘束されているときに編集しているのだから国民党に配慮していることは疑う余地がないでしょう。
戦後、支那で国民党軍に拘束されているときに編集したのに、国民党に配慮していないなんて言っても誰も信じませんよ。
>例えば南京攻略戦に参加した元将兵の「虐殺なんて見てない」という証言は、戦友会等の圧力下になされたものだから「台無し」だ、とか。
今までに戦友会の圧力でどれくらいの命が奪われたの?
例えが頓珍漢だと気が付け。
>第二に、厚生省引揚援護局に渡されるときにはもはや国民党の目を意識する必要はなかったのであり、意思に反して編集した部分があったのなら復元することもできたのです。
帰国後岡村は「白団」を組織して1949年から長年にわたり蒋介石の国民党政権に協力した。
岡村寧次にとって蒋介石は命の恩人であり、恩を仇で返す支那人みたいな真似ができるわけがない。
―――――――
岡村は中国政府、殊に蒋総統、国防部上層諸将軍の終始一貫の好意は、真に感謝に堪えず、戦犯に服役している二百数十名の旧部下の内地服役の実現に努めると共に、病癒えたならば壮年時代からの宿志でもあり、日中の提携に身を投じようと心にかたく誓っている。
・・・
・・・・帰国後、岡村大将は、蒋介石総統の要請を容れ、政治・経済的な問題を抜きにして、ただ終戦時の恩義に報いるという名目で、昭和二五年(一九五〇)二月、富田直亮少将を長とする十九名の陸軍参謀を台湾に送った。「白団」と称せられるこの軍事顧問団は、以後十五年間続き、団員の数ほ延八十三名に達した。
舩木繁著『支那派遣軍総司令官岡村寧次大将』
―――――――
>それも「可能性」に過ぎないということは認めますね?
可能性に過ぎないのだから虐殺の証拠には絶対になり得ず、他の資料から考察するに殺したのは俘虜ではなく敵兵だったという結論になる。
>可能性が「高い」などというのは「なにがあろうと南京事件は否定してみせる」という意思の持ち主以外には説得力を持たない読解でしょうね。
それは、どう見たって逆だろうな。
僅かな可能性にしがみ付くのは「なにがあろうと南京事件は肯定してみせる」という意思の持ち主以外には説得力を持たない読解でしょうね。
>「強姦事件二、三発生し謡言次で起り、市中不安を招きたるは遺憾とする所なり」と書かれているのは漢口攻略後のはなしですよ。
分かってるよ。
何言ってんだ?
漢口攻略後のはなしと承知の上で述べていることが理解できないのか?
オマエみたいな会話が出来ない奴を相手にするのは時間と労力の無駄となる。
―――――――
このように「二、三件」の強姦事件を「汚点」と嘆く岡村大将が、武漢入城に際して第六師団を投入したということは、仮に岡村大将が本当に第六師団のことを「南京攻撃戦で前科のある師団」と思っていたとしても、せいぜいその程度
No.18469
―――――――
>ところで句読点の問題についてはあなたからもnmwgip氏からも再反論がないので、当方の主張を認めるということでよろしいですか?
いつ、オマエが俺にそんな話をしたんだよ?
戦後、支那において国民党軍によって拘束されているときに編集しているのだから国民党に配慮していることは疑う余地がないでしょう。
戦後、支那で国民党軍に拘束されているときに編集したのに、国民党に配慮していないなんて言っても誰も信じませんよ。
>例えば南京攻略戦に参加した元将兵の「虐殺なんて見てない」という証言は、戦友会等の圧力下になされたものだから「台無し」だ、とか。
今までに戦友会の圧力でどれくらいの命が奪われたの?
例えが頓珍漢だと気が付け。
>第二に、厚生省引揚援護局に渡されるときにはもはや国民党の目を意識する必要はなかったのであり、意思に反して編集した部分があったのなら復元することもできたのです。
帰国後岡村は「白団」を組織して1949年から長年にわたり蒋介石の国民党政権に協力した。
岡村寧次にとって蒋介石は命の恩人であり、恩を仇で返す支那人みたいな真似ができるわけがない。
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岡村は中国政府、殊に蒋総統、国防部上層諸将軍の終始一貫の好意は、真に感謝に堪えず、戦犯に服役している二百数十名の旧部下の内地服役の実現に努めると共に、病癒えたならば壮年時代からの宿志でもあり、日中の提携に身を投じようと心にかたく誓っている。
・・・
・・・・帰国後、岡村大将は、蒋介石総統の要請を容れ、政治・経済的な問題を抜きにして、ただ終戦時の恩義に報いるという名目で、昭和二五年(一九五〇)二月、富田直亮少将を長とする十九名の陸軍参謀を台湾に送った。「白団」と称せられるこの軍事顧問団は、以後十五年間続き、団員の数ほ延八十三名に達した。
舩木繁著『支那派遣軍総司令官岡村寧次大将』
―――――――
>それも「可能性」に過ぎないということは認めますね?
可能性に過ぎないのだから虐殺の証拠には絶対になり得ず、他の資料から考察するに殺したのは俘虜ではなく敵兵だったという結論になる。
>可能性が「高い」などというのは「なにがあろうと南京事件は否定してみせる」という意思の持ち主以外には説得力を持たない読解でしょうね。
それは、どう見たって逆だろうな。
僅かな可能性にしがみ付くのは「なにがあろうと南京事件は肯定してみせる」という意思の持ち主以外には説得力を持たない読解でしょうね。
>「強姦事件二、三発生し謡言次で起り、市中不安を招きたるは遺憾とする所なり」と書かれているのは漢口攻略後のはなしですよ。
分かってるよ。
何言ってんだ?
漢口攻略後のはなしと承知の上で述べていることが理解できないのか?
オマエみたいな会話が出来ない奴を相手にするのは時間と労力の無駄となる。
―――――――
このように「二、三件」の強姦事件を「汚点」と嘆く岡村大将が、武漢入城に際して第六師団を投入したということは、仮に岡村大将が本当に第六師団のことを「南京攻撃戦で前科のある師団」と思っていたとしても、せいぜいその程度
No.18469
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>ところで句読点の問題についてはあなたからもnmwgip氏からも再反論がないので、当方の主張を認めるということでよろしいですか?
いつ、オマエが俺にそんな話をしたんだよ?
これは メッセージ 18475 (cheap_thirll さん)への返信です.