Re: 『回想録』, not 『陣中感想録』
投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/02 09:06 投稿番号: [18293 / 41162]
>資料の名称は資料そのものによってオーソライズされるものであり
そしていま問題になっているのは「資料の名前」がなにであるか、です。例えば図書館などでは雑誌のバックナンバーを製本して保管することがあります。その際、製本時につけた表紙に『諸君! 1991 10-12』(1991年の10月号から12月号までをあわせて製本した、の意)といった文字列が記されたからと言って、『諸君! 1991 10-12』という表題の資料が誕生したことにはなりません。
>従ってこの資料は本来、『岡村寧次大将回想録』に収録されている「岡村寧次大将陣中感想録」と言うべきものです。
という主張が妥当性をもつためには、著作権者自身に「岡村寧次大将陣中感想録」を『岡村寧次大将回想録』の一部として「収録」する意思があったことか、あるいは資料の保管者が「岡村寧次大将陣中感想録」を『岡村寧次大将回想録』の一部として「収録」する意図でもって製本した、ということが示されねばなりません。ところが
> また、『岡村寧次大将回想録』という名称が岡村氏及び厚生省引揚援護局に無断でつけられたという根拠は全くありません。
ということでしかないわけですよね?
>この資料は、提供後も公開しないことを条件に提供されているのです。
> 貴方は著作権法の引用に際して(行政機関情報公開法第九条第一項の規定による開示する旨の決定の時までに別段の意思表示をした場合を除く。)という但書を故意に省略しましたね?
私が著作権法を引用したのは、あなたの
>「一切転載並公表を禁ず」と書かれていることを明確に意識しながら平然と転載している『現代歴史学と南京事件』は、配慮を欠いているという言葉では言い尽くせない無神経な代物です。
に反論するためですから。笠原・吉田両氏が行なったのは『感想録』の引用であって、資料の公開は偕行文庫が判断したことです。研究者としては表紙に「一切転載並公表を禁ず」とタイプしてあろうが、公開されている以上すでに「転載並公表を禁ず」という要請を配慮する必要はないと考えるのが普通だ、ということですよ。
そもそも著作権法18条3は平成11年の改正で付け加えられたものですから、『岡村寧次大将陣中感想録』に直接関係するとすれば18条2の方です。
>2 著作者は、次の各号に掲げる場合には、当該各号に掲げる行為について同意したものと推定する。
> 一 その著作物でまだ公表されていないものの著作権を譲渡した場合 当該著作物をその著作権の行使により公衆に提供し、又は提示すること。
偕行文庫が著作人格権を侵害しているとあなたが主張するなら、厚生省引揚援護局への著作権の譲渡はなかった、ということを示さねばなりません。
>その方が自然だと思うのなら、改変したことを明示しなければなりません。
> それが文献引用のルールというものです。
まずあなたが主張している基準に従えば、稲葉正夫氏の方がより深刻な改変を行なっていることになる、ということはお認めになるのですか? また、著作権法が引用に対して要求しているのは「公正な慣行」に合致することです。句読点の用法を現代風に改めることがこの慣行に反し同一性保持権への侵害である、とする判例を示してください。
>「俘虜の多くは之を殺す」のに、「上海には【相当多数】の俘虜あり」という事実があるのは、おかしいと思わないんですか?
これをア・プリオリに「おかしい」と思う方がおかしいのですよ。具体的な数字がまったく挙げられていない記述ですから、「俘虜の多く」を殺害したその残りがなお「相当多数」にのぼる…というのは矛盾でもなんでもありません。
>「【相当多数】の俘虜あり」と「俘虜の多くは之を殺す」が矛盾していると言っているんです。
「矛盾」の意味を理解しておられますか?
>日本軍に捕獲されれば殺されるという証言が正しいのならば、その捕虜は何故そこに生きて存在していたのですか?
むろん、日本軍が捕虜を皆殺しにしたわけではなかったからです。中国軍将兵の認識としての「日本軍に捕獲されれば殺される」は、厳密に論理的な意味での全称命題を内容としているわけではありません。そんなことは日常言語についての常識的な解釈の問題です。
そしていま問題になっているのは「資料の名前」がなにであるか、です。例えば図書館などでは雑誌のバックナンバーを製本して保管することがあります。その際、製本時につけた表紙に『諸君! 1991 10-12』(1991年の10月号から12月号までをあわせて製本した、の意)といった文字列が記されたからと言って、『諸君! 1991 10-12』という表題の資料が誕生したことにはなりません。
>従ってこの資料は本来、『岡村寧次大将回想録』に収録されている「岡村寧次大将陣中感想録」と言うべきものです。
という主張が妥当性をもつためには、著作権者自身に「岡村寧次大将陣中感想録」を『岡村寧次大将回想録』の一部として「収録」する意思があったことか、あるいは資料の保管者が「岡村寧次大将陣中感想録」を『岡村寧次大将回想録』の一部として「収録」する意図でもって製本した、ということが示されねばなりません。ところが
> また、『岡村寧次大将回想録』という名称が岡村氏及び厚生省引揚援護局に無断でつけられたという根拠は全くありません。
ということでしかないわけですよね?
>この資料は、提供後も公開しないことを条件に提供されているのです。
> 貴方は著作権法の引用に際して(行政機関情報公開法第九条第一項の規定による開示する旨の決定の時までに別段の意思表示をした場合を除く。)という但書を故意に省略しましたね?
私が著作権法を引用したのは、あなたの
>「一切転載並公表を禁ず」と書かれていることを明確に意識しながら平然と転載している『現代歴史学と南京事件』は、配慮を欠いているという言葉では言い尽くせない無神経な代物です。
に反論するためですから。笠原・吉田両氏が行なったのは『感想録』の引用であって、資料の公開は偕行文庫が判断したことです。研究者としては表紙に「一切転載並公表を禁ず」とタイプしてあろうが、公開されている以上すでに「転載並公表を禁ず」という要請を配慮する必要はないと考えるのが普通だ、ということですよ。
そもそも著作権法18条3は平成11年の改正で付け加えられたものですから、『岡村寧次大将陣中感想録』に直接関係するとすれば18条2の方です。
>2 著作者は、次の各号に掲げる場合には、当該各号に掲げる行為について同意したものと推定する。
> 一 その著作物でまだ公表されていないものの著作権を譲渡した場合 当該著作物をその著作権の行使により公衆に提供し、又は提示すること。
偕行文庫が著作人格権を侵害しているとあなたが主張するなら、厚生省引揚援護局への著作権の譲渡はなかった、ということを示さねばなりません。
>その方が自然だと思うのなら、改変したことを明示しなければなりません。
> それが文献引用のルールというものです。
まずあなたが主張している基準に従えば、稲葉正夫氏の方がより深刻な改変を行なっていることになる、ということはお認めになるのですか? また、著作権法が引用に対して要求しているのは「公正な慣行」に合致することです。句読点の用法を現代風に改めることがこの慣行に反し同一性保持権への侵害である、とする判例を示してください。
>「俘虜の多くは之を殺す」のに、「上海には【相当多数】の俘虜あり」という事実があるのは、おかしいと思わないんですか?
これをア・プリオリに「おかしい」と思う方がおかしいのですよ。具体的な数字がまったく挙げられていない記述ですから、「俘虜の多く」を殺害したその残りがなお「相当多数」にのぼる…というのは矛盾でもなんでもありません。
>「【相当多数】の俘虜あり」と「俘虜の多くは之を殺す」が矛盾していると言っているんです。
「矛盾」の意味を理解しておられますか?
>日本軍に捕獲されれば殺されるという証言が正しいのならば、その捕虜は何故そこに生きて存在していたのですか?
むろん、日本軍が捕虜を皆殺しにしたわけではなかったからです。中国軍将兵の認識としての「日本軍に捕獲されれば殺される」は、厳密に論理的な意味での全称命題を内容としているわけではありません。そんなことは日常言語についての常識的な解釈の問題です。
これは メッセージ 18275 (nmwgip さん)への返信です.