Re: 捕虜の始末
投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/04/21 14:49 投稿番号: [18089 / 41162]
>「捕虜の始末」の意味で論争は無駄です。
この後どうしたか、知らないのですか。
捕虜を揚子江の対岸に逃がそうとしたのですよ。
ただ、昼間逃すと、滅茶苦茶な命令をだした上官に咎められるので、夜中にこっそり逃がそうとした。
ところが、対岸の方から「敵襲」と思われて銃撃された。
そのため、捕虜が「殺される!」と暴れだし、結局射殺せざるを得なくなった。
これが真相ですよ。
本間騎兵少尉を派遣したところの上官は「皆殺せ」と命令したかも知れない。
だが、もっと上の上官、松井大将は、逆の命令を出しています。
第六師団から「13万人の支那人が対岸の浦口に渡れず残った。どうするか」との電話に、
参謀の長勇は「ヤッチマエ」と言った。
これを聞いた松井軍司令官は
「13万人の支那人を殺すことは許さぬ。ただちに解放せよ」と命令した。長勇が、
「この中には、軍人も混ざっております」と言うと、松井は、
「軍人がいてもかまわぬ。かえって軍紀がよくなっていいだろう」と言っている。
長勇は「ハイ」と返事した。
この事は「角証言」として「南京戦史資料」に記載されている。
早瀬利之著「将軍の真実
南京事件
松井石根人物伝」光人社
142ページ
松井大将は、元々、日中友好協会の会長のような人で、支那人をいたわれと命令していたのです。
松井大将は、虐殺どころか略奪も禁じていました。
「部隊の軍紀風紀をとくに厳粛にし、支那軍民をして皇軍の威風に敬仰帰服せしめ、
いやしくも名誉を毀損するがごとき行為の絶無を期するを要す」
「掠奪行為をするものや不注意なことを犯した者には厳罰にする」と
あなたは、山田支隊に「皆殺せ」と命令した者がいる事をもって、帝国陸軍の方針と理解しておられるようですが、
これは、上官の命令を無視した不届き者の命令ですよ。
山田支隊長は、松井大将の意思に従うべく、逃がそうとしたが、上手く行かなかっただけです。
これは メッセージ 18085 (kanbaku9999 さん)への返信です.
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