Re: 大川証言垂れ流し - 横
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/04/16 10:39 投稿番号: [17947 / 41162]
>【博士】
指摘する。先ず第1に、荷物も捨てて多くの人々が帰国した引き上げの状況下で、大川氏が帰国したとしよう。その状況の中で、部隊の名簿を持ち帰る余裕があったのか?第2に、ロシアが南下し武装解除があった時点で、二等兵以外はシベリアに連れて行かれた。「衛生伍長をしていた」(読売記事)という大川氏が無事に帰国できたのが不思議だが。また、仮に、シベリア抑留を経て帰国したとあれば、なおさら名簿は持ち帰れなかったはずだ。
【読売】
なるほど。>
(google参照): 実行者たちは戦後どうなったか
1945年8月9日、ソ連が太平洋戦争に参戦して満州へ攻め込んできました。この日から石井機関は、細菌兵器の開発や使用、および被験者虐殺の証拠を隠滅することに全力を傾けます。七三一部隊ではまず、生き残っていた「マルタ」を全員殺害し、遺体を焼却して捨てました。実験を記録した書類やフィルムなども焼却されました。主要な施設は工兵隊によって爆破され、とくに「ロ」号棟や特設監獄は念入りに破壊されました。また、部隊員やその家族は、ソ連に捕らえられないよう、特別列車でいち早く帰国しました。そのおかげで、ソ連や中国の捕虜になった七三一部隊の幹部や部隊員はわずかしかいませんでした
これは メッセージ 17927 (sinnjitu_itiro さん)への返信です.
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