事実は
投稿者: nita2 投稿日時: 2002/07/30 06:48 投稿番号: [172 / 41162]
観念の構築物に過ぎないとカントが言っています。
私は有ったと思いますし、あなたは無かったと思っていますが、それはどちらも
主観に過ぎないですね。
要は事実認定された過去を受け入れられるか否かでしょう。
受け入れられない人は、一様に
1
衝撃を弱めるために規模を小さくしようとする。
2
印象操作を行う 。(南京で子供と遊ぶ日本兵の写真など)
3
位相の異なるテーマと相殺しようとする(通州事件、チベットなど)
4
通常化しようとする(戦争はそんなものだ、当時は当たり前だったなど)
というような論陣を張ります。
これは、洋の東西を問わず、ホロコースト否定のフォリソンやアーヴィングも
用いている手法です。
一見、検証しているようで、実は人の観念を誘導しようとしているに過ぎません。
それと論争すれば事実がぼかされてしまいますから、彼らを歴史修正主義者と命
名したヴィダル=ナケを筆頭に一貫して対話を拒否してますね。
つまり、肯定派と事実をぼかそうとする勢力があるだけで、肯定派と否定派の対
立など無いんですよ。
南京には20万人しか住んでいなくても、中国で60万人説が出てこようとも、
数のすり替えの印象操作に過ぎません。
自分の観念の中で虐殺を事実として受け入れられるか、すり替えを行わないで、
自分の観念から虐殺を駆逐できるかの問題に過ぎないということです。
これは メッセージ 166 (sadatajp さん)への返信です.
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