南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 揚子江のアメリカ海軍砲艦オアフ号

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/02/21 07:09 投稿番号: [16528 / 41162]
ティンバーリ編『戦争とは何か』の第一章前半は、ペイツの寄稿であった。ティンパーリの解説によれば、これはペイツの一九三七年十二月十五日付け「上海の友人宛ての手紙」を収録していた。ところがこれは上海の友人だけではなく、十二月十五日上海に向けて南京を離れようとしていた特派員にも渡されていた。そのことを彼は一九三八年四月十二日『戦争とは何か』の出版を知らせる手紙に書いている。

  城門陥落から二日後の十二月十五日、南京を離れる特派員に利用してもらうため、その日ペイツは彼らに「レポート」を用意していた。十二月十五日、南京を離れた特派員とは、『シカゴ・デイリーニューズ』のスティール、『ニューヨーク・タイムズ』のティルマン・ダーディンなど五名であった。彼らはアメリカ海軍の砲艦オアフ号に乗り、通信手段のなくなった南京から上海の共同租界へと向かった。オアフ号が南京を離れるや否や、次の記事をステイールが発信した。それが十二月十五日(アメリカ時間)の『シカゴ・デイリーニューズ』   に掲載されたのである。

「南京陥落の物語は、落とし穴に落ちた中国軍の言語に絶する混乱とパニックと、その後の征服軍による恐怖の支配の物語である。何千人もの生命が犠牲となつたが、多くは罪のない人たちであった。・・・それは羊を殺すようであった。・・・以上の記述は包囲中の南京に残った私自身や他の外国人の観察に基づくものである」

  これに続いてダーディンも十二月十八日付けの『ニューヨーク・タイムズ』に、「殺人が頻発し、大規模な椋奪、婦女暴行、非戦闘員殺害、・・・南京は恐怖の町と化した。・・・恐れや興奮から走る者は誰もが即座に殺されたようだ。多くの殺人が外国人たちに目撃されたのである」と報じている。

ペイツ   「日本軍はすでにかなり評判を落としており中国市民の尊敬と外国人の評価を得るせっかくの機会さえ無にしてしまいました」
スティール   「日本軍は中国民衆の同情を獲得できるまたとないチャンスを自らの蛮行により失おうとしている」
ダーディン   「日本軍は現地の中国住民および外国人から尊敬と信頼が得られるはずのまたとない機会を逃してしまった」

ベイツ   「日本軍の入城によって・・・安心した気持ちを示した住民も多かったのです」
ステイール   「日本軍が入城してきたときにはかすかな安堵感が南京に漂った」
ダーディン   「日本軍が南京城内の支配・・・安堵の空気が一般市民の間に広まった」

ベイツ   「殺人、略奪、婦女暴行・・・事態の見通しはすっかり暗くなってしまった」
ステイール   「その幻想はたちまち破れてしまった」
ダーディン「日本軍占領の二日間で、この見込みは一変した。大規模な略奪、婦人への暴行、民間人の殺害…捕虜の大量処刑・・・」

ペイツ   「恐怖と興奮にかられてかけ出すもの、日が暮れてから路上で巡警につかまったものはだれでも即座に殺されたようです」
ダーディン「恐怖のあまり興奮して逃げ出す者や日が暮れてから…巡回中のパトロールに捕まった者はだれでも射殺されるおそれがあった」

ペイツ「市内を見まわった外国人はこのとき通りには市民の死体が多数ころがっていたと報告…」
ステイール「市内の通りはいたるところに市民の死体(略)外国人がみた事実によるものである」
ダーディン「市内を広範囲に見て回った外国人はいずれの通りにも民間人の死体を目にした。・・・多くの殺人が外国人に目撃された」

と、、、?
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