Re: 不思議な、、朝鮮民主人民共和国だ〜〜
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/02/21 06:50 投稿番号: [16526 / 41162]
>昭和15年12月に大政翼賛会ができましたが、これは当時のナチスや共産党のような一国一党の独裁政党ではなく、実体はいくつかの勢力の寄り合い所帯であり内部紛争が絶えませんでした。そのため大政翼賛会は行政の補助機関のようになり、昭和16年の9月に翼賛議員同盟が創設され、衆議院議員はこの他にも同交会、興亜議員同盟、議員クラブ、同人グラブ、無所属などに分れました。
あほじゃないかい?(笑)
選挙に際して 立候補者を限定推薦し、対立候補を官憲をあげて選挙妨害する事が民主主義なんだろうかね(笑)
一時期のフィリッピンの選挙みたいじゃないのかい?(笑)
北朝鮮だって選挙してるぜ、、金正日も選挙で党の総書記に選出されてるんじゃないのかい?(笑)
1940年、既に結社を禁止されていた勤労国民党や右翼政党の東方会を除く全ての政党が自発的に解散し、大政翼賛会に合流していた。その後、大政翼賛会に率先して合流した政治家たちによって翼賛議員同盟が結成され、太平洋戦争下での軍部の方針を追認する翼賛体制を支える機能を果たした。
この選挙は翼賛選挙とも呼ばれる(またそこから、日本以外の選挙についても与党または親与党(親政府)の候補しか出馬を許されない、あるいは反政府候補が選挙妨害を受ける選挙をこう表現することがある)。
1937年の前回総選挙で選出された衆議院議員の任期は1941年の「衆議院議員任期延長ニ関スル法律」(昭和16年法律第4号)によって1年延長の措置がとられていた。対米英戦時下であり、万が一にも反政府的勢力の伸張をみれば敵国に「民心離反」と喧伝される虞もある、等の理由から任期の再延長を求める声もあったが、これを契機に旧来の政党色を排除して軍部に協力的な政治家だけで議会を占め、翼賛体制を強化する好機との意見がその懸念を凌駕した。そこで内務省のいわゆる「革新官僚」から、既に一部の地方の首長や議員に対して行われていた政府や軍の主導(表向きは「大政翼賛会」)による「推薦候補」制度を導入して官民一体の支援を行い、国策に忠実な議員のみによって形成される新しい議会制度を確立するという、自由選挙に代わる新しい選挙原理を導入すべきであるとの提案が行われて、実施されることとなった。
1942年2月23日には元首相の阿部信行を会長に戴いた翼賛政治体制協議会が結成され、協議会が中心となって予め候補者を選考・推薦していった。
推薦を受けた候補者は軍部や大日本翼賛壮年団(翼壮)をはじめとする様々な団体から支援を受け選挙戦でも有利な位置に立ったのに対し、推薦を受けられなかった候補者は(有力な議員や候補者であっても)立候補そのものを断念させられた場合や、選挙運動において候補者や支持者に対して有形無形の干渉を受けたケースが知られており、全体として選挙の公正さに著しく欠けるものだった。
北朝鮮の選挙とよ〜〜似てるだろう、、(笑)
あほじゃないかい?(笑)
選挙に際して 立候補者を限定推薦し、対立候補を官憲をあげて選挙妨害する事が民主主義なんだろうかね(笑)
一時期のフィリッピンの選挙みたいじゃないのかい?(笑)
北朝鮮だって選挙してるぜ、、金正日も選挙で党の総書記に選出されてるんじゃないのかい?(笑)
1940年、既に結社を禁止されていた勤労国民党や右翼政党の東方会を除く全ての政党が自発的に解散し、大政翼賛会に合流していた。その後、大政翼賛会に率先して合流した政治家たちによって翼賛議員同盟が結成され、太平洋戦争下での軍部の方針を追認する翼賛体制を支える機能を果たした。
この選挙は翼賛選挙とも呼ばれる(またそこから、日本以外の選挙についても与党または親与党(親政府)の候補しか出馬を許されない、あるいは反政府候補が選挙妨害を受ける選挙をこう表現することがある)。
1937年の前回総選挙で選出された衆議院議員の任期は1941年の「衆議院議員任期延長ニ関スル法律」(昭和16年法律第4号)によって1年延長の措置がとられていた。対米英戦時下であり、万が一にも反政府的勢力の伸張をみれば敵国に「民心離反」と喧伝される虞もある、等の理由から任期の再延長を求める声もあったが、これを契機に旧来の政党色を排除して軍部に協力的な政治家だけで議会を占め、翼賛体制を強化する好機との意見がその懸念を凌駕した。そこで内務省のいわゆる「革新官僚」から、既に一部の地方の首長や議員に対して行われていた政府や軍の主導(表向きは「大政翼賛会」)による「推薦候補」制度を導入して官民一体の支援を行い、国策に忠実な議員のみによって形成される新しい議会制度を確立するという、自由選挙に代わる新しい選挙原理を導入すべきであるとの提案が行われて、実施されることとなった。
1942年2月23日には元首相の阿部信行を会長に戴いた翼賛政治体制協議会が結成され、協議会が中心となって予め候補者を選考・推薦していった。
推薦を受けた候補者は軍部や大日本翼賛壮年団(翼壮)をはじめとする様々な団体から支援を受け選挙戦でも有利な位置に立ったのに対し、推薦を受けられなかった候補者は(有力な議員や候補者であっても)立候補そのものを断念させられた場合や、選挙運動において候補者や支持者に対して有形無形の干渉を受けたケースが知られており、全体として選挙の公正さに著しく欠けるものだった。
北朝鮮の選挙とよ〜〜似てるだろう、、(笑)
これは メッセージ 16493 (deliciousicecoffee さん)への返信です.