梅津何應欽協定 ? マッチポンプ(笑)
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/02/16 06:34 投稿番号: [16405 / 41162]
>この時の日本側の和平案は以下のとおり。
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(日本の和平案)
・塘沽協定の解消
・梅津−何應欽協定の解消
・土肥原−秦徳純協定の解消
・冀察政権の解消
・冀東特殊貿易の廃止
・非武装地帯海面の中国側密輸取締りの恢復
・華北における自由飛行の廃止
・支那側が要求すれば上海停戦協定をも解消
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日本が如何に戦争をやめたがっていたかは、この大幅に譲歩した和平案を見れば明白である。
笑わしてくれますね(笑)
無理難題を押しつけておいて、緩和してやったんだから、、、?
ん、、屁もでんよ(笑)
梅津−何應欽協定
1935年6月
華北地方を中国民政府から引き離し、中国侵略を促進する契機を作るため、天津で親日派新聞社社長2人が殺された事件を口実に1華北省からの中国軍撤退
2.国民党機関の閉鎖3.華北省における一切の排日運動
活動の禁止
を押しつけ
中国本土の非武装化を企てた。
梅津らは冀察政権・冀察政務委員会を作らせ
日本の華北支配を拡大、侵略は進められた。
これは メッセージ 16352 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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