南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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満蒙開拓団へ譲られた?中国農民の土地2

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/12/26 06:31 投稿番号: [15548 / 41162]
二   開拓団の土地の入手方法について

  別添の地図は、国立国会図書館所蔵の『満洲開拓年鑑』(一九四〇年版)末尾に掲載されている地図の写しである。この地図には、記号と文字・数字が詳細に示されており、〇と▲は集団開拓民、(※)と●は青年義勇隊訓練所等を示している。
1   満州開拓団の入植によって、この地図にある土地に住んでいた中国人は土地を追われたのではないか。彼らはどこへ行ったのか。
2   満州拓殖公社は、現地の中国人あるいは満州国政府から、どのような方法で土地を入手したのか。買収(譲受)の場合はその価格も示されたい。
3   一九三九年決定の「満洲開拓政策基本要綱」(『満洲開拓年鑑』一九四一年版掲載)には、「開拓用地の整備に関しては原則として未利用地開発主義によりこれを国営とす」となっているが、土地所有関係についてはどうなっていたのかを具体的に示されたい。

(二のうち、(※)は◎の内側円が黒丸である記号を示している。)

三   満蒙開拓団の送出が侵略的行為であったことについて

  当時の日本政府が満蒙開拓団を送出したことは侵略的行為であったと考えるが、政府の見解を示されたい。

四   満蒙開拓団の人数等について

  長野県の満蒙開拓団については、既に全員について調べた結果が公表されている。
  そこで、長野県だけでなく、日本全国より満蒙開拓団として送出した人数、敗戦後日本への帰還者の人数、現地で死亡した人数、行方不明者の人数を、都道府県別にそれぞれ明らかにされたい。

五   満蒙開拓団犠牲者の現地における墓の建立について

  長野県泰阜村から十五歳で両親と満蒙開拓団に一員として中国に渡り、戦後の混乱の中、単身日本へ引き揚げてきた中島多鶴さんによると、この地域には関係者の強い要望にもかかわらず、満蒙開拓団犠牲者の墓は周恩来元首相が認めた一つしかなく、また、多くの遺骨が収集もされずに残されているという。
  日本政府は、関係者が要望する地域に墓が建立できるように、中国政府に働きかけるべきであると考えるが、政府の見解を示されたい。

六   中国残留孤児・婦人に対する生活支援について

  二〇〇六年二月一五日、東京地方裁判所は、中国残留孤児・婦人の政府の自立支援措置を怠ったことについての損害賠償請求裁判で、「①中国残留孤児・婦人等は政府の行為によって危険地帯へ国策により大量に移民として送りだされ生死の危険をさまよう極寒の地での過酷な難民体験を経て、異国に長期間取り残されるという苦難な人生を歩まされた。②他の戦争犠牲者と違って青年期または少年期に日本社会から切り離され、日本語の能力と日本の生活習慣社会習慣等を身につける前に中国に取り残された。次第に日本語の能力も低下し日本社会における習慣など日本国内において大人の仲間入りをするための訓練を受けることができない状態におかれたまま、二十年も三十年も放置されてきた。」という事実を認定した。
  裁判での請求は棄却されたが、これ以上支援措置を遅らすべきではない。中国残留孤児・婦人の方々の生活支援のために、政府は様々な制約のある生活保護という措置だけではなく、これまで講じてきた対策に加えて、立法措置も含めて早急なる特別対策を検討すべきと考えるがいかがか。



読んだら   少し、考えろよ、、不味いこ〜ひ〜飲みながらね、、
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