Re: >それは「満州を手に入れる」のが目的
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2006/12/22 18:05 投稿番号: [15399 / 41162]
>日本は実(権益)だけで我慢していればよいものを、
名(分離独立)まで主張して墓穴を掘ったのである。
というより、日本にとっては「コリアをチャイナから独立させたのと同様」と捉えたのでしょうね。
(少なくとも建前上は「独立するのはあくまで満州国」ということですし。)
日本にとって、「日本の安全保障上」も「資源の供給地」としても「満州を反日勢力には自由にさせられない」というのは痛いほど分ります。
そもそも開国した日本は「チャイナやコリアと共同体を作って欧米勢力と向き合おう」としましたが、天皇制を理解しないチャイナは明治政府を「徳川王朝を倒した簒奪者」と見なしまた「欧米の猿真似をする無節操」と見なしてまともに付き合おうとしませんでした。(その間違いに日清戦争で気付くことになります。)
それでも日本はチャイニーズやコリアンの有志を見込んで支援しましたが、結局希望の有志たちはことごとく殺害され東アジアに絶望しました。
今の日本人ならそんなとき「東亜を相手にせず欧米にいけばいいじゃないか」と思うでしょう。当時も同じで「脱亜入欧」と欧米特に憧れの自由の国「アメリカ」に目を向けました。
ところが行ってみると人種差別は酷く、それでも頑張り徐々に地位が上がり始めるとチャイナ系や貧乏層の白人が日本人を妬み初め、マスコミまで抱き込んである事無いことデマを広げてやがてアメリカ全体が日本人に対し排斥しはじめ「日本人はアメリカに来るなアジアで生きていけ」と言われるようになりました。
そこで日本は、「暗黒の東アジアで生きる覚悟」を決めて満州開拓に本腰を入れるようになったわけです。もはやチャイナに何を言われようと欧米が横槍を入れようと日本に他に選択の余地はほとんどありませんでした。
しかも当時日本は日露戦争に辛勝したものの疲弊の極みであり、その上台湾や朝鮮の近代化のために日本国内から搾取して物資・人材を投入し続けていました。
これは メッセージ 15390 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
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