南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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どなたか知っている方、韓国併合の背景2

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/12/20 06:44 投稿番号: [15168 / 41162]
いち早く京城を占領した日本軍の威圧のもとに、開戦二週間後の二月十三日、日韓議定書が調印されることとなった。

この議定書では、
日本が韓国の独立および領土保全、
韓国皇室の安全をはかること、
韓国政府は施政の改善について日本政府の忠告をいれること、
第三国の侵害や内乱のため、韓国皇室の安全や領土保全に危険のある場合には、日本政府は臨機必要の措置をとり、韓国政府は十分の便宜を与えること、
日本政府はこのため軍略上必要の地点を臨機収用できること、
この議定書に反する協約を第三国と結んではならないことなどが規定された。

1905/11
伊藤は大臣を集め、参政大臣(首相)韓圭咼(※)の保護協約反対の訴えを聞いたあと、一人一人の閣僚から意見を求めた。
まず外部大臣朴斉純がだんぜん不同意だが皇帝の命令とあればいたしかたないと述べると、 伊藤はそれでは命令なら調印するのだから不同意ではないと分類してしまった。
このほか度支部大臣(蔵相)閔泳綺が絶対反対を述べたが、学部大臣李完用は、逆に日韓両国は実力が違うのだから、「未ダ感情ノ衝突セザル、未ダ時機ノ切迫セザル今日ニ於テ円満ニ妥協ヲ遂ゲ」ることが望ましいと積極的に賛成の態度を明らかにした。残る四大臣も李完用に同調した。

これを聞いた伊藤は、これでは閣議は多数決で協約に賛成ではないか、それなのに調印の手続きをとらないのは日本と絶交するつもりか、と韓参政につめよった。進退きわまった韓が号泣しながら別室にしりぞくと、伊藤は閣僚の希望をいれて二、三の修正を行ない、宮内府大臣に裁可を求めるよう要求した。
皇帝は韓国が独立を維持する力を蓄えたときにはこの協約を撤回するような規定がほしいと希望、 伊藤はこれをいれて「韓国ノ富強ノ実ヲ認ムル時ニ至ル迄」との一句を加え、その場で浄書し、林公使と朴外部大臣が署名調印した。

時に夜中の十一時であり、伊藤らが退出したのは午前零時をすぎていた。
韓国植民地化の決定的な曲り角がすぎた。

協約は、日本が東京の外務省により、韓国の外国に対する関係および事務を監理・指導すること、日本政府の代表として統監一名を置くことなどを規定した。

1907/
日露協約調印の六日前、七月二十四日、伊藤韓国統監と李完用首相とのあいだに調印された第三次日韓協約は、
韓国政府は法令の制定、
重要な行政上の処分、
高等官吏の任免にあたっては統監の事前の承認を必要とすること、
統監の推薦する日本人を韓国官吏に任命することなどを規定していた。

統監は韓国における事実上の主権者の地位についたといってもよかった。

同時に結ばれた秘密覚え書で、大審院以下の裁判所、監獄を新設し、大審院長を日本人とするほか日本人裁判官、典獄の任命、王宮守衛の一大隊以外の韓国軍隊の解散、中央から地方官庁まで各部次官以下の重要官職に日本人を任命することなどを決めた。

この事実上の併合への反対が朝鮮全土をおおったことはいうまでもなく、京城での軍隊解散式への反乱をきっかけとして、全土に武装反乱が拡大してゆく。
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