南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 国ってややこしい?偕行社の証言2

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/10/24 22:48 投稿番号: [13635 / 41162]
>しかも、世話になった兵隊さんの名前、部隊名を捕虜が知っていたなんてこと、、普通   軍隊ではあり得ないことじゃないの?


捕虜が、世話になった兵隊さんの名前を知っていた資料ならあるよ。

――――――

  ことが起こったのは、そこでの初めのころだったと思うが、正確な日時は覚えていない。
  とにかく、点呼のときに誰かが冗談を言った。当時私の脳の働きはいくらか鈍かったので、その冗談の落ちが私に判ったのは、やや間をおいてからだった。時や遅し。私がくすくす笑い始めたのは、ちょうど私たちの目の前に一人の日本人(注)が立った時だった。彼は「笑ったのは誰だ」と怒鳴って訊いた。このヤップ(Jap:日本人への蔑称)はまさに悪魔のような奴だった。日本の現人神天皇のために直立しているときに笑うとは神聖の冒涜である、と彼は烈火の如く怒った。
  私は、もうこれでやられてしまうと観念した。恐怖に震えながらも、私は名乗り出なければならぬと思った。さもなくば、ほかの笑わなかったかもしれない人々が犠牲者となるだろう。私が名乗って前に引き出されたとき、私は目がくらくらして、周囲のすべてが回り始めるのを感じた。恐怖のために耐えがたくなった私の周りを、さまざまな色がぐるぐると、しかもだんだん急速に回転するのだ。ヤップが私を殴り始めたのを記憶に残っている最後の情景として、私は大きな暗い穴に落ち込んでしまった。
バンコン(収容所の所在地)で一緒だった少年の一人、ディック・ポットが私の側に立っていたのだが、彼は後にこう語った。
「ひとつの盗難事件が判明した後、夜中に点呼があった。そのときレオは僕の斜め前に整列していた。レオは笑ったようだ。するとそれを理由に一人の日本警備兵(注)が、(例によって)鉛を詰めたホッケースティックのような棒で、殴って回った。僕もこっぴどくやられた。レオは、列から引き出されると、もうめちゃくちゃに殴られて、全く正気を失った。そう見えた。彼はその後病院へ運ばれたのだが、私にはレオが回復することはもはやないだろうと思われた。」

(注)
「一人の日本人」と「日本警備兵」は同一人物。この男はマツザワ   ゼンユーという名を持つ朝鮮人の軍属らしい。彼は些細なことでもすぐホッケースティックで、シャツを剥ぎ取った上半身や耳を打った。オランダ人の間では「ホッケースティック」のあだ名で呼ばれていた。


(別の日本兵の収容者に対する暴行への注)
これは多分M.W.デ・ヘールという五十二歳のオランダ人である。この男性は食べ物を「密輸」したということで一九四五年五月、キムラ   セイコンという朝鮮人軍属から太い棒で全身を五十回ほど殴られ、肋骨が何本か折れ、八日間独房に入れられた。しかもはじめの三日間は食物も全然与えられなかった。恐らくはこの虐待がもとで、デ・ヘールは六月十六日にカンプの病院で死
亡した。このキムラは「殴り屋ヤン」と仇名されるほどカンプ収容者に対して多くの残虐行為を働き、裁判の結果一九四六年十月十一日に死刑となった。日本兵の中で、カドワキ   サカエ軍曹だけは例外で、唯一のよき日本人であったとバンコン収容所の記録に特記されている由。
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