沖縄戦スパイ殺害
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/10/13 09:12 投稿番号: [13259 / 41162]
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(沖縄タイムズ12/28/2005より抜粋)
日本兵「スパイ殺害」記述/沖縄戦
住民虐殺裏付け
軍用手帳に初の文書記録
沖縄戦で戦死した日本兵の軍用手帳に、スパイを殺害したという記述があったことが分かった。手帳は本部半島の今帰仁村運天一帯に駐屯していた海軍中尉の所有。米国立公文書館に翻訳され保管されており、琉球大学・保坂廣志教授が発見した。沖縄戦で、日本軍が住民にスパイ嫌疑をかけ、殺害した数々の事件は住民証言で明らかになっているが、日本軍による記録は見つかっていない。研究者は、日本軍の住民殺害を裏付ける証拠となるとみている。(謝花直美)
手帳は、一九四五年六月十八日、今帰仁村呉我山で米軍との交戦で死亡した海軍の竹下ハジメ(漢字名不詳)中尉の所持品から回収された。米情報部は、軍用手帳や日記に作戦や虐殺、虐待の記録があると重視。中尉の手帳も、三月二十三日から六月十六日までの全文が翻訳されている。
スパイ殺害記述があるのは四月十七日。日本軍は当日、八重岳から多野岳移動を予定し、午後六時に六百人が集合。移動命令後に、「スパイを殺害。オダさん?」との記述がある。
沖縄戦で、日本軍は、防諜重視の方針で、県民を総スパイ視。地域の指導者層、島言葉を話す者、移民帰りの者にスパイ嫌疑をかけ殺害する事件が各地で多発している。
手帳の記述と一日違いで本部町伊豆味で、米軍上陸を日本軍に報告しに行った国民学校の校長が殺された。五月には伊豆味と今帰仁村渡喜仁の指導者らや、大宜味村渡野喜屋で中南部の避難民が集団で日本兵に殺害されている。
軍用手帳に記述されている「オダさん」という人物が、加害者なのか、被害者なのかは分かっていないが、保坂教授は「日本兵が、対米軍の遊撃体制の中で、食糧強奪、住民監視する中で、向かい合ったのが民間人だった。軍が同じ軍に対して、食糧強奪やスパイ摘発はしない。スパイを殺したということは、すなわち沖縄住民を殺したということだ」と指摘。「住民殺害を記した文書の記録はこれまで出ていない。記録した側は、県民を総スパイ視した防諜作戦を遂行しており、記録を残すのがまずいという意識がなかった」と分析する。
本島北部を管轄した国頭支隊の防諜作戦に関する資料をまとめた大城将保さんは「日本軍による住民殺害の事例は多いが、それを否定する動きが本土にはあった。(殺害を裏付ける)証拠となる資料だ」と指摘する。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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