文玉珠の軍事郵便貯金、歌上手、矛盾証言
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/26 23:13 投稿番号: [12669 / 41162]
>それより、、娼婦の珠ちゃんの預金通帳な、、最高限度額越えてるんだよな、、そしたら、君は
家族の名で架空口座開いて預金を分散したって書いてたよな、、
一朝に何度も同じこと書いてんじゃねーよ!
「借名口座」とは言っても、「架空口座」とは言わない。
でも、調べたら、「文原吉子」名義で貯金していたそうだ。
「軍事貯金」「軍事郵便貯金」というのは限度額が普通の郵便貯金と違ったんじゃないのか?
>その本書いた著作者は、珠ちゃんの娼婦として稼ぎを調べるのに、家族の預金通帳も提出させたのか? その調査権あったのか?
>それとも珠ちゃんが家族の預金通帳 もってきたんか?
「目次」に向かってレスしているくせに、「その本」と言われても何の本か分からんな。
文玉珠は、平成4年に日本の郵便局を訪れ、2万6145円の貯金の返還を要求した。
調べたら「軍事郵便貯金原簿」というのが熊本貯金事務センターに残っていた。
贅沢品を消費しながら、2〜3年間で2万6145円軍事郵便貯金し、うち5千円を大邱の家族に送金していた。
>それにしても、、慰安婦珠ちゃん、、商才あったんだな、、口座も架空口座作るなんて、当時の人間にしたら、超人ですよ(笑)しかも朝鮮人なんですからね、、差別などあったんじゃないかと思いますがね、、そんな事吹き飛ばして、頑張ったんですね、、だから、、負けちゃったってことかな(笑)
♪♪歌が上手だったことから宴会にも呼ばれたそうだ♪♪
♪♪「博多夜船」や「博多節」などを18歳の時に覚えたそうだ。♪♪
――――――
■毎日新聞 1992年5月12日の記事
従軍慰安婦の軍事郵便貯金 原簿確認「返して」 下関で韓国女性
第二次大戦中「従軍慰安婦」として強制連行されたミャンマー(旧ビルマ)で預けた軍事郵便貯金の支払いを求めていた韓国・大邱市在住の文玉珠(ムン・オクス)さん(68)が11日、山口県下関市の下関郵便局を訪れ、貯金の原簿があったことが分かった。元従軍慰安婦による強制連行先での軍事郵便貯金原簿の存在を日本側が認めたのは全国で初めて。
局側は「1965年の日韓協定などで権利は消滅した」としているが、文さんは「個人の請求権は消滅していない。【日本人】として貯金した個人のお金だから、返して」と訴えている。
文さんは3月、市民グループの招きで来日。当時、貯金の管轄郵便局だった下関郵便局に2度にわたって調査と支払いを求めていた。
原簿によると1943年6月から1945年9月まで12回の貯金の記録があり、残高は2万6145円となっている。
文さんの話では、1942年、18歳の時に釜山から百―百五十人の若い女性と共にヤンゴン(ラングーン)に連れていかれ、日本軍人の相手をさせられた。歌が上手だったことから宴会にも呼ばれ、もらったチップを野戦郵便局に「文原吉子」名義で貯金していた。
――――――
※当時の貨幣価値
・総理大臣月給 800円(東条英機)
・陸軍大将月給 550円
・一般日本兵月給 15〜25円
━━━━━━絶対に越えられない壁━━━━━━
・慰安婦の月収 1000円〜2000円(アメリカ軍の調書)
・元慰安婦、文玉珠の2年3ヶ月の郵便貯金 26145円
…26145円(現在の貨幣価値で約6000万円)を約2年で貯金した売春婦!
――――――
従軍慰安婦訴訟原告 韓国の文さんが死去
1996/10/27, 北海道新聞
戦争中に慰安所で働かされたとして日本政府を訴えていた韓国人元従軍慰安婦文玉珠さん(72)が二十六日早朝、韓国・大邱市内の病院で亡くなった。文さんを支援する市民団体に入った連絡で分かった。
文さんは十六歳の時、日本人の憲兵らに呼び止められ、大邱市から旧満州(中国東北部)などに強制連行されて慰安所で働かされたという。
――――――
1992年の証言
文さんの話では、1942年、18歳の時に釜山から百―百五十人の若い女性と共にヤンゴン(ラングーン)に連れていかれ、日本軍人の相手をさせられた。歌が上手だったことから宴会にも呼ばれ、もらったチップを野戦郵便局に「文原吉子」名義で貯金していた。
1996年5月法廷での証言
文さんは十六歳の時、日本人の憲兵らに呼び止められ、大邱市から旧満州(中国東北部)などに強制連行されて慰安所で働かされたという。
一朝に何度も同じこと書いてんじゃねーよ!
「借名口座」とは言っても、「架空口座」とは言わない。
でも、調べたら、「文原吉子」名義で貯金していたそうだ。
「軍事貯金」「軍事郵便貯金」というのは限度額が普通の郵便貯金と違ったんじゃないのか?
>その本書いた著作者は、珠ちゃんの娼婦として稼ぎを調べるのに、家族の預金通帳も提出させたのか? その調査権あったのか?
>それとも珠ちゃんが家族の預金通帳 もってきたんか?
「目次」に向かってレスしているくせに、「その本」と言われても何の本か分からんな。
文玉珠は、平成4年に日本の郵便局を訪れ、2万6145円の貯金の返還を要求した。
調べたら「軍事郵便貯金原簿」というのが熊本貯金事務センターに残っていた。
贅沢品を消費しながら、2〜3年間で2万6145円軍事郵便貯金し、うち5千円を大邱の家族に送金していた。
>それにしても、、慰安婦珠ちゃん、、商才あったんだな、、口座も架空口座作るなんて、当時の人間にしたら、超人ですよ(笑)しかも朝鮮人なんですからね、、差別などあったんじゃないかと思いますがね、、そんな事吹き飛ばして、頑張ったんですね、、だから、、負けちゃったってことかな(笑)
♪♪歌が上手だったことから宴会にも呼ばれたそうだ♪♪
♪♪「博多夜船」や「博多節」などを18歳の時に覚えたそうだ。♪♪
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■毎日新聞 1992年5月12日の記事
従軍慰安婦の軍事郵便貯金 原簿確認「返して」 下関で韓国女性
第二次大戦中「従軍慰安婦」として強制連行されたミャンマー(旧ビルマ)で預けた軍事郵便貯金の支払いを求めていた韓国・大邱市在住の文玉珠(ムン・オクス)さん(68)が11日、山口県下関市の下関郵便局を訪れ、貯金の原簿があったことが分かった。元従軍慰安婦による強制連行先での軍事郵便貯金原簿の存在を日本側が認めたのは全国で初めて。
局側は「1965年の日韓協定などで権利は消滅した」としているが、文さんは「個人の請求権は消滅していない。【日本人】として貯金した個人のお金だから、返して」と訴えている。
文さんは3月、市民グループの招きで来日。当時、貯金の管轄郵便局だった下関郵便局に2度にわたって調査と支払いを求めていた。
原簿によると1943年6月から1945年9月まで12回の貯金の記録があり、残高は2万6145円となっている。
文さんの話では、1942年、18歳の時に釜山から百―百五十人の若い女性と共にヤンゴン(ラングーン)に連れていかれ、日本軍人の相手をさせられた。歌が上手だったことから宴会にも呼ばれ、もらったチップを野戦郵便局に「文原吉子」名義で貯金していた。
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※当時の貨幣価値
・総理大臣月給 800円(東条英機)
・陸軍大将月給 550円
・一般日本兵月給 15〜25円
━━━━━━絶対に越えられない壁━━━━━━
・慰安婦の月収 1000円〜2000円(アメリカ軍の調書)
・元慰安婦、文玉珠の2年3ヶ月の郵便貯金 26145円
…26145円(現在の貨幣価値で約6000万円)を約2年で貯金した売春婦!
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従軍慰安婦訴訟原告 韓国の文さんが死去
1996/10/27, 北海道新聞
戦争中に慰安所で働かされたとして日本政府を訴えていた韓国人元従軍慰安婦文玉珠さん(72)が二十六日早朝、韓国・大邱市内の病院で亡くなった。文さんを支援する市民団体に入った連絡で分かった。
文さんは十六歳の時、日本人の憲兵らに呼び止められ、大邱市から旧満州(中国東北部)などに強制連行されて慰安所で働かされたという。
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1992年の証言
文さんの話では、1942年、18歳の時に釜山から百―百五十人の若い女性と共にヤンゴン(ラングーン)に連れていかれ、日本軍人の相手をさせられた。歌が上手だったことから宴会にも呼ばれ、もらったチップを野戦郵便局に「文原吉子」名義で貯金していた。
1996年5月法廷での証言
文さんは十六歳の時、日本人の憲兵らに呼び止められ、大邱市から旧満州(中国東北部)などに強制連行されて慰安所で働かされたという。
これは メッセージ 12629 (yominokuni56 さん)への返信です.