Re: 731部隊に感謝状
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/26 00:33 投稿番号: [12621 / 41162]
>石井はノモンハンでの戦争の末期に戦場の河に細菌をまいたのだった。
妄想は、時間と労力の無駄。
「(ソ連は)ハバロフスクに細菌戦の施設があり、ノモンハン事件以前にさえも、病気にかかった動物をつかい、炭疽菌を他の動物や人間に移す実験がこの地方で行われていた」(「ノモンハン」A.クックス)。
ノモンハンで細菌爆弾を落とした目撃報道がある。(ベッケンカンプ記者)、さらに、同書注で、7月15日、16日、ソ連軍飛行機が日本軍が水源としている湖水に散布した赤痢菌を検出した例(小松原日記では9日以来)や発見されて自殺した細菌源頒布のソ連軍医を挙げている。その後の追及がないから、疑わしいなどの意見があるが、日本軍の特徴として、かえって秘密にする傾向があるのを無視している。
歩兵第74連隊第1大隊戦闘日記には7月9日にソ連機が日本軍水源に爆弾を落下し、その後、大隊全員が赤痢になったのを記述している。航空地区司令部情報記録には10日に細菌爆弾破片確認。12日投下の細菌はF級Y型赤痢菌含有と判明、とある。その他、8月16日以来、各隊に腸チフス患者発生。要注意の命令が出されている。
日本軍は下痢患者が続出し、この防疫に石井部隊が駆り出されて無菌の水を供給するろ過装置を設置し感状を貰ったが、これを戦後、「日本の左翼作家何人かが、石井部隊がノモンハンでハルハ河の上流からコレラ、発疹チフスやその他の疫病の菌を放流する仕事に従事したのは間違いなく、そのため、30人以上の日本人医療従事者や軍属が死んだ、という話を広めたことがあった」と、クックス氏は左翼作家を非難している。
「ノモンハン秘史」(辻政信)第1頁に消毒した水を前線に届ける「決死の給水に出発せんとする石井部隊の兵(バルシャガル高地にて7月12日撮影)」の写真がある。
日本軍は日本人には免疫性があるがソ連人には病原性を有する赤痢菌をハルハ河に流したなどと関係者という人の発言があるが、そのような人種による免疫性など聞いたことがないと医学関係者は言う。大体、この地方は豪雨が頻繁にある所で、雨と冷気に悩まされる記述が戦記に多い。今日でも雨の後には増水し、浅瀬を車では渡河できない場所である。
ハルハ河は通常でも秒速2メートル(場所により秒速5メートル)、人が流される河に一時的に何トン放流しようが効果の期待できるものではない。部隊の存在理由の宣伝と考えられている(細菌戦の研究をしていると言う効果だけでも大きいものである)。
第一、日本軍の戦病者は2236名であり、ソ連側の701名で数字の語るところは明白に日本軍の細菌戦無効もしくは否定である。ソ連軍は水を高台の上から補給されており、日本軍がハルハ河上流に細菌を散布しても意味がなかった。
付記、世界最初に細菌戦を行ったのは支那軍で昭和12年9月、上海付近で井戸、クリーク、水溜りなどに細菌(コレラ菌)を投入し、後には毒薬(昇汞、青酸カリ)も投入し、シナ土民が損害を被った。甚だしいのは、西瓜に注入中を発見戦闘になり、射殺された例がある。そして石井部隊が動員されて防疫に従事し食い止めた。当時の新聞記事にも多く見られる。石井部隊が行って細菌戦をした、と言うのは戦後左翼の好む論法で、事実は逆である。
ソ連側が毒ガスを使ったという報告がある。今日では詳細が不明であるが、ソ連は化学42大隊を動員したと言う。8月29日に戦死した歩64(山県)第4中隊、松村信之中尉の日記、26日の欄に「後退しなければガス弾を使う」と、放送があった記述があり、ソ連軍はガス弾を使うのに、ためらいはない。
『ノモンハン事件の真相と戦果――ソ連軍撃破の記録』小田洋太郎・田端元著(2002年)
妄想は、時間と労力の無駄。
「(ソ連は)ハバロフスクに細菌戦の施設があり、ノモンハン事件以前にさえも、病気にかかった動物をつかい、炭疽菌を他の動物や人間に移す実験がこの地方で行われていた」(「ノモンハン」A.クックス)。
ノモンハンで細菌爆弾を落とした目撃報道がある。(ベッケンカンプ記者)、さらに、同書注で、7月15日、16日、ソ連軍飛行機が日本軍が水源としている湖水に散布した赤痢菌を検出した例(小松原日記では9日以来)や発見されて自殺した細菌源頒布のソ連軍医を挙げている。その後の追及がないから、疑わしいなどの意見があるが、日本軍の特徴として、かえって秘密にする傾向があるのを無視している。
歩兵第74連隊第1大隊戦闘日記には7月9日にソ連機が日本軍水源に爆弾を落下し、その後、大隊全員が赤痢になったのを記述している。航空地区司令部情報記録には10日に細菌爆弾破片確認。12日投下の細菌はF級Y型赤痢菌含有と判明、とある。その他、8月16日以来、各隊に腸チフス患者発生。要注意の命令が出されている。
日本軍は下痢患者が続出し、この防疫に石井部隊が駆り出されて無菌の水を供給するろ過装置を設置し感状を貰ったが、これを戦後、「日本の左翼作家何人かが、石井部隊がノモンハンでハルハ河の上流からコレラ、発疹チフスやその他の疫病の菌を放流する仕事に従事したのは間違いなく、そのため、30人以上の日本人医療従事者や軍属が死んだ、という話を広めたことがあった」と、クックス氏は左翼作家を非難している。
「ノモンハン秘史」(辻政信)第1頁に消毒した水を前線に届ける「決死の給水に出発せんとする石井部隊の兵(バルシャガル高地にて7月12日撮影)」の写真がある。
日本軍は日本人には免疫性があるがソ連人には病原性を有する赤痢菌をハルハ河に流したなどと関係者という人の発言があるが、そのような人種による免疫性など聞いたことがないと医学関係者は言う。大体、この地方は豪雨が頻繁にある所で、雨と冷気に悩まされる記述が戦記に多い。今日でも雨の後には増水し、浅瀬を車では渡河できない場所である。
ハルハ河は通常でも秒速2メートル(場所により秒速5メートル)、人が流される河に一時的に何トン放流しようが効果の期待できるものではない。部隊の存在理由の宣伝と考えられている(細菌戦の研究をしていると言う効果だけでも大きいものである)。
第一、日本軍の戦病者は2236名であり、ソ連側の701名で数字の語るところは明白に日本軍の細菌戦無効もしくは否定である。ソ連軍は水を高台の上から補給されており、日本軍がハルハ河上流に細菌を散布しても意味がなかった。
付記、世界最初に細菌戦を行ったのは支那軍で昭和12年9月、上海付近で井戸、クリーク、水溜りなどに細菌(コレラ菌)を投入し、後には毒薬(昇汞、青酸カリ)も投入し、シナ土民が損害を被った。甚だしいのは、西瓜に注入中を発見戦闘になり、射殺された例がある。そして石井部隊が動員されて防疫に従事し食い止めた。当時の新聞記事にも多く見られる。石井部隊が行って細菌戦をした、と言うのは戦後左翼の好む論法で、事実は逆である。
ソ連側が毒ガスを使ったという報告がある。今日では詳細が不明であるが、ソ連は化学42大隊を動員したと言う。8月29日に戦死した歩64(山県)第4中隊、松村信之中尉の日記、26日の欄に「後退しなければガス弾を使う」と、放送があった記述があり、ソ連軍はガス弾を使うのに、ためらいはない。
『ノモンハン事件の真相と戦果――ソ連軍撃破の記録』小田洋太郎・田端元著(2002年)
これは メッセージ 12601 (victor_e_frankl さん)への返信です.