虐殺は嘘79 虐殺事件の証拠(資料)一覧
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/20 01:07 投稿番号: [12413 / 41162]
◆虐殺事件の証拠(資料)一覧◆
●済南事件
1.日本人犠牲者の名簿 ○あり
2.命令書 ×なし
3.政府の認識 ○あり(田中外相宛西田領事報告など○)
●通州事件
1.日本人犠牲者の名簿 ○あり
2.命令書 ×なし
3.政府の認識 ○あり(外務省の公式声明など○)
●カチンの森事件
1.ポーランド人犠牲者の名簿 ○あり
2.命令書その他公式文書 ○あり(スターリンが命令し、内務人民委員部長官ラヴレンティ・ベリヤが命令書に署名○)
3.政府の認識 ○あり
加害者のソ連 ○あり
被害者のポーランド ○あり
濡れ衣を着せられたドイツ ○あり(事件3年後、収容所にいた元ポーランド軍将校、公務員、警察協力者、情報部員、憲兵隊員、獄吏等の遺骸を発見○)
●ホロコースト
1.犠牲者の名簿 ○あり(犠牲者や強制労働者ら1750万人の名簿○)
2.命令書その他公式文書 ○あり(ナチスの強制収容所などの実態が記述された約5千万件の公文書○)
3.政府の認識 ○あり
●ソ連による日本人拉致・シベリア強制連行・殺害事件
1.犠牲者の名簿 ○あり(死亡年月日、死因、埋葬地など全員○。犠牲者は50万人超で、ゴルバチョフ来日の際、名簿の一部のみ渡された)
2.命令書その他公式文書 ○あり(マリク駐日大使がモロトフ外相に宛てた文書で、「1946年12月時点で、まだ生存している抑留日本人が105万人以上居る」と記載○)
3.政府の認識
被害者の日本 ○あり
加害者のソ連 ○あり
第3国の米国 ○あり
●原爆投下
1.犠牲者の名簿 ○あり
2.命令書 ○あり(7月25日、トルーマンの決定を受けてグローブスが作成した「原爆投下命令書」がワシントンの陸軍戦略航空軍司令官カール・スパーツに手渡され、ポツダムにいる陸軍長官スティムソン、陸軍参謀総長マーシャルが承認し、陸軍参謀総長代理トーマス・T・ハンディがサインした公文書○)
その他、膨大な文書○や記録フィルムなどの資料 ○あり
3.政府の認識 ○あり(日本にも○、アメリカにも○、世界中の政府にも○、認識あり)
●南京事件
1.犠牲者の名簿 ×なし(日本も×、蒋介石政府も×、汪兆銘政府も×、南京安全区国際委員会も×、南京市民も×、誰も作成せず)
2.命令書その他公式文書 ×なし
3.政府の認識 ×なし(当時、日本にも×、何応欽にも×、蒋介石にも×、毛沢東にも×、国際連盟にも×、事件の認識×なし)
①自白
無辜の民間人を虐殺した日本兵の自白なし
民間人殺害を命令した日本軍将校の自白(命令書)なし
虐殺を記した「日記」や、本名での証言は、例外なくすべて嘘だったことが確認済み
②目撃証言
15人の安全区国際委員会など欧米人が目撃した虐殺は0件
100人以上の記者やカメラマンや作家が陥落直後から南京に滞在したが、目撃した虐殺は0件
現地の日本軍(憲兵隊など)へ通報された虐殺も0件
日本軍占領後、南京には汪兆銘を首班とする国民政府が樹立され、終戦まで1万数千人の日本人が支那人と一緒に暮らしたが、虐殺など話題に出ず、復讐騒ぎなどなし。
1945年11月7日、東京裁判に備え、蒋介石政府は「南京敵人罪行調査委員会」を設置し、支那人に南京における日本軍の犯罪を申告するよう呼びかけた。
ところが、日本軍の残虐行為を申告する者が「甚だ少なき」ばかりか、聞き取り調査を行うと唖然として「口を噤みて語らざる者」や虐殺を「否認する者」までいた。
やむなく暫定的な報告を1946年1月20日、東京裁判に提出したが、その時点では、「日本軍による大量虐殺」の証拠は埋葬記録を除けば、魯甦という人物の「57,418人が惨殺されるのを見た」という目撃証言ただ一件のみだった。
( ´∀`)アハハ
③物的証拠
虐殺の証拠とされる写真や映像は、全て捏造か、証拠力を有しないものばかり
虐殺のための施設なし
安全区国際委員会の日本大使館への抗議文書にある殺人事案は数十件だが、犯人が全て不明、被害者も殆ど不明、伝聞だけで検証はせず
安全区国際委員会も南京市民も日本も蒋介石政府も汪兆銘政府も誰も犠牲者名簿を作成せず
命令書なし
当時、蒋介石にも毛沢東にも何応欽にも認識がなく、彼らの報告や抗議や非難に南京虐殺に触れたものはなく、通州事件後に日本外務省が発した公式声明のようなものなし
以上から、日本軍による無辜の南京市民虐殺は0人としか言えない。
●済南事件
1.日本人犠牲者の名簿 ○あり
2.命令書 ×なし
3.政府の認識 ○あり(田中外相宛西田領事報告など○)
●通州事件
1.日本人犠牲者の名簿 ○あり
2.命令書 ×なし
3.政府の認識 ○あり(外務省の公式声明など○)
●カチンの森事件
1.ポーランド人犠牲者の名簿 ○あり
2.命令書その他公式文書 ○あり(スターリンが命令し、内務人民委員部長官ラヴレンティ・ベリヤが命令書に署名○)
3.政府の認識 ○あり
加害者のソ連 ○あり
被害者のポーランド ○あり
濡れ衣を着せられたドイツ ○あり(事件3年後、収容所にいた元ポーランド軍将校、公務員、警察協力者、情報部員、憲兵隊員、獄吏等の遺骸を発見○)
●ホロコースト
1.犠牲者の名簿 ○あり(犠牲者や強制労働者ら1750万人の名簿○)
2.命令書その他公式文書 ○あり(ナチスの強制収容所などの実態が記述された約5千万件の公文書○)
3.政府の認識 ○あり
●ソ連による日本人拉致・シベリア強制連行・殺害事件
1.犠牲者の名簿 ○あり(死亡年月日、死因、埋葬地など全員○。犠牲者は50万人超で、ゴルバチョフ来日の際、名簿の一部のみ渡された)
2.命令書その他公式文書 ○あり(マリク駐日大使がモロトフ外相に宛てた文書で、「1946年12月時点で、まだ生存している抑留日本人が105万人以上居る」と記載○)
3.政府の認識
被害者の日本 ○あり
加害者のソ連 ○あり
第3国の米国 ○あり
●原爆投下
1.犠牲者の名簿 ○あり
2.命令書 ○あり(7月25日、トルーマンの決定を受けてグローブスが作成した「原爆投下命令書」がワシントンの陸軍戦略航空軍司令官カール・スパーツに手渡され、ポツダムにいる陸軍長官スティムソン、陸軍参謀総長マーシャルが承認し、陸軍参謀総長代理トーマス・T・ハンディがサインした公文書○)
その他、膨大な文書○や記録フィルムなどの資料 ○あり
3.政府の認識 ○あり(日本にも○、アメリカにも○、世界中の政府にも○、認識あり)
●南京事件
1.犠牲者の名簿 ×なし(日本も×、蒋介石政府も×、汪兆銘政府も×、南京安全区国際委員会も×、南京市民も×、誰も作成せず)
2.命令書その他公式文書 ×なし
3.政府の認識 ×なし(当時、日本にも×、何応欽にも×、蒋介石にも×、毛沢東にも×、国際連盟にも×、事件の認識×なし)
①自白
無辜の民間人を虐殺した日本兵の自白なし
民間人殺害を命令した日本軍将校の自白(命令書)なし
虐殺を記した「日記」や、本名での証言は、例外なくすべて嘘だったことが確認済み
②目撃証言
15人の安全区国際委員会など欧米人が目撃した虐殺は0件
100人以上の記者やカメラマンや作家が陥落直後から南京に滞在したが、目撃した虐殺は0件
現地の日本軍(憲兵隊など)へ通報された虐殺も0件
日本軍占領後、南京には汪兆銘を首班とする国民政府が樹立され、終戦まで1万数千人の日本人が支那人と一緒に暮らしたが、虐殺など話題に出ず、復讐騒ぎなどなし。
1945年11月7日、東京裁判に備え、蒋介石政府は「南京敵人罪行調査委員会」を設置し、支那人に南京における日本軍の犯罪を申告するよう呼びかけた。
ところが、日本軍の残虐行為を申告する者が「甚だ少なき」ばかりか、聞き取り調査を行うと唖然として「口を噤みて語らざる者」や虐殺を「否認する者」までいた。
やむなく暫定的な報告を1946年1月20日、東京裁判に提出したが、その時点では、「日本軍による大量虐殺」の証拠は埋葬記録を除けば、魯甦という人物の「57,418人が惨殺されるのを見た」という目撃証言ただ一件のみだった。
( ´∀`)アハハ
③物的証拠
虐殺の証拠とされる写真や映像は、全て捏造か、証拠力を有しないものばかり
虐殺のための施設なし
安全区国際委員会の日本大使館への抗議文書にある殺人事案は数十件だが、犯人が全て不明、被害者も殆ど不明、伝聞だけで検証はせず
安全区国際委員会も南京市民も日本も蒋介石政府も汪兆銘政府も誰も犠牲者名簿を作成せず
命令書なし
当時、蒋介石にも毛沢東にも何応欽にも認識がなく、彼らの報告や抗議や非難に南京虐殺に触れたものはなく、通州事件後に日本外務省が発した公式声明のようなものなし
以上から、日本軍による無辜の南京市民虐殺は0人としか言えない。
これは メッセージ 12389 (deliciousicecoffee さん)への返信です.