慰安婦にされたと云うChongOkSunの証言
投稿者: sugotyon 投稿日時: 2006/09/20 00:59 投稿番号: [12412 / 41162]
「私は1920年12月28日、朝鮮半島北部咸鏡南道のプンサン郡フアバル里で生まれました。13歳の時の6月のある日、私は畑で働いている両親のために昼食の用意をしなければならなかったので、村の井戸に水を汲みに行きました。そこで一人の日本の守備兵が私を不意に襲い、連れて行きました。ですから両親には自分の娘に何が起きたか分かりませんでした。私はトラックで警察に連れて行かれ、数人の警官により強姦されました。私が叫ぶと彼らは口に靴下を押し込み強姦を続けました。私が泣いたので警察署長は私の左目を殴りました。その日、私は左目の視力を失いました。10日ほどして私はヘイサン市の日本陸軍守備隊の兵営に連れて行かれました。私といっしょに約400人の朝鮮の若い娘がいて、毎日性奴隷として5000人以上の日本兵の相手をしなければなりませんでした。日に40人もです。」
「私は、日本人のための性奴隷として5年間使役されたのち、18歳のときに、傷つき子を産めない体で、言葉を話すのも難かしいありさまで帰国しました」
1920年生まれで13歳の時、
昭和8年から昭和13年(1933年-1938年)の間、慰安婦として使役されたそうだ。
支那事変は、昭和12年(1937年)に起きている。慰安婦の需要もその頃から。なのに、18才で使い捨て?
13才の娘が不明でも、両親や親戚一族は探しもせず、警察にも云わず、騒ぎもしない。18才で帰ってきても、郡長や道議員や面議員にも抗議もしなかったようだ。警察署の焼き討ちも無かったようだ。
日に40人の相手をしたそうだから、1日の稼働時間10時間とすると、一人15分
10時間、飲まず食わずで、毎日。
朝鮮人の娘は、超人なのか?。
売春婦400人
毎日性奴隷と言うから、8割稼動として320人、1人あたり40人
320×40=12800
毎日、1万2800人のお客さんが来る慰安所。かなり大きな施設のようだ。
しかし、兵士の給料は月20円前後、売春婦に支払うのは1回2円。
この慰安所の一日の売上は、2万5600円。月売上76万8千円。
かなりの施設、どこかに記録があっても良いのに。
全員が、給料の全てを使っても、月10回。
1万2800の3倍で、3万8400
3万8400人の兵士を遊軍としていたのは、どこの部隊だろう。
昭和8年に、ヘイサン市と云う所の駐屯部隊だそうだが。
師団単位を遊軍とする部隊で、ヤマモトと云う中隊長が居たそうだ。
これは メッセージ 12400 (yominokuni56 さん)への返信です.
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