Re: 虐殺は「偕行」の認識 国民の認識は?
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/14 23:12 投稿番号: [12281 / 41162]
>>>>裁判の時から日本軍将兵や関係者は南京虐殺を一貫して否認していた。
>>>松井の大将は認めてたぞ、、
>>東京裁判
>>弁護側立証
>>●松井石根
>松井石根の口述書
>松井石根は1947年11月24日極東軍事裁判で自身により証言台に立った。以下はその口述である。
??
俺のと変わりないじゃん。
墓穴を掘るなよ。
>予の南京占領に関する周到なる配慮に係わらず、占領当時の倥惚たる状勢に於ける一部若年将兵の間に、忌むべき暴行を行いたる者ありたるならむ。これ予の甚だ遺憾とするところなり。
そうだよ。
暴行事件があったのは、戦争当時から松井大将のみならず誰でも知っていたんだよ。
婦女暴行などの暴行事件は10件くらいあったが、虐殺は全くなかったんだよ。
>17日、南京入城後、初めて憲兵隊長より之を聞き、各部隊に命じて即時厳格なる調査と処罰を為さしめたり。(中略)
そうそう、そのとおり。
松井大将は、若干の婦女暴行と掠奪事件に即時厳格なる調査と処罰を命じたんだよ。
>予は南京陥落後、昭和13年2月まで上海に在任せるが、其間、昭和12年12月下旬、南京に於いて只若干の不法事件ありたりとの噂を関知したるのみにて、何等斯かる事実に就き公的報告を受けたることなく、当法廷に於いて検事側の主張するが如き大規模なり虐殺・暴行事件に関しては、1945年終戦後、東京に於ける米軍の放送により初めて之を聞知したるものなることを茲に確信す。
ほらね。
俺の言ったとおりだろ?
墓穴を掘りあがったな。
>松井は処刑を前にした1948年12月9日、花山老師に南京事件について最後の述懐をなした。
・・・
>日露戦争のときはシナ人に対してはもちろんだが、ロシア人に対しても俘虜の取り扱い、その他よくいっていた。今度はそうはいかなかった。
敗残兵や便衣兵の処断のことを反省しているが、これは反省のし過ぎだね。
日本軍が捕まえた支那軍敗残兵を処断したのには、それぞれ正当な理由があったし、支那軍が捕まえた日本兵を反戦兵士にする者を除き一人残らず惨殺したことを考えても、松井大将は反省のし過ぎ。
で、結局、ここでも、松井大将が日本軍による南京市民虐殺を認めた事実はないな。
【結論】
松井大将を含めた日本軍将兵は、裁判の時から南京虐殺を一貫して否認していた。
これは メッセージ 12262 (yominokuni56 さん)への返信です.
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