Re: 残留邦人を見殺しにした、関東軍だぜ、
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/07 21:08 投稿番号: [12177 / 41162]
>>悪いのは日ソ不可侵条約を破って侵攻して来たソ連だ。
>互いの国同士の約束事は、その時の状況により破棄されることもある、、ってことね。(笑)
それが、オマエの歴史観、外交観かね?
最初から国同士の約束事なんかするなと言いたいのか?
>しかも、敗戦2ヶ月も前に、日本政府は日ソ不可侵条約の破棄を告げられているにも関わらず、それを連絡もせず、放置したままだったことを知るべきだろ(笑)
ハァ?
初めて聞く話だ。
後学のために、「日本政府が敗戦2ヶ月前に日ソ不可侵条約の破棄を告げられていた」事実について詳しく教えて頂けないだろうか?
>ソ連も降伏した後も攻め込んだことは、許されることではないが、停戦ラインの確定が無かったこと、日本兵の反撃、、彼らは終戦を連絡されたなかった為、戦闘を続けたのだから、、一概にソ連の終戦後の侵攻を咎めることもできないだろうね(笑)
日本にはやたらと厳しいが、ソ連には随分と甘々だな。
>とにかく、在留邦人を最後まで守り抜いた日本軍の主力部隊は存在しなかった、邦人を見殺しにして、逃走した関東軍は罪を償う必要があるぜ(笑)
>日本人が日本人を騙した、、これほどの悲劇は無いぜ(笑)
――――――
東部方面(第1方面軍)の戦闘
第126、第135師団主力とともに15日夕までソ連軍の侵攻を阻止し、
この間に牡丹江在留邦人約6万人の後退を完了することができた。
牡丹江東側陣地の防御が限界に達した第5軍は、17日までに60キロ西方に後退、そこで停戦命令を受けた。
虎頭陣地の戦闘
完全包囲下の中で守備隊は主として夜間斬り込み、肉薄攻撃を反復敢行、
8月26日に至り避難民を含めほとんど全員が壮烈なる戦死を遂げた。
陣地にあった約1900名(含居留民)中、内地に帰還し得た者、わずかに53名であった。
北及び北西方面(第4軍)の戦闘
第119師団は停戦するまでソ連軍の突破を阻止し、その結果邦人主力のハイラル在住者は
ソ連軍に後方を遮断される前に後退することができたのである。
Ω Ω Ω Ω
八路軍の鉄道襲撃は執拗だった。周囲の山から居留民を満載した無蓋汽車に銃を撃ちかけてくる。北京から急遽、救援にかけつけた第118師団の将兵も、防戦に駆けずり回った。
8月21日、張家口から約40キロ東南の宣化の駅では、広い駅構内の何本もある引き込み線に引き揚げ者を満載した列車20本ほどが一時停車していた。物資輸送のために山本義一軍曹と部下20人がそこを通りかかった時、八路軍が襲撃してきた。
山本軍曹は「こりゃ、エライこっちゃ。どうせ死ぬなら、日本人のために死のう」と部下たちに呼びかけ、応戦。やがて3百メートルほど離れた川岸まで撃退した。
しかし、八路軍は何度も襲撃してくる。撃ち合って二日目、疲れ果てて、もう持ちこたえられん、とあきらめかけた時、5、6歳のイガグリ頭の男の子が、大きなカバンをひきずるようにして小走りに走ってきた。その子を目標にして、八路軍の追撃砲弾が周囲に炸裂する。山本軍曹は思わず、その子を横抱きにして窪地に飛び込んだ。
「兵隊さん、これ食べて頑張って下さい」と、男の子はカバンの中からいくつもの焼きお握りを取り出した。山本軍曹の顔は泥と涙で、目の下が真っ黒になっていた。男の子の励ましに疲れも吹き飛んで、まもなく八路軍を撃退させた。
20日夕刻から始まった張家口からの4万人脱出は駐蒙軍と鉄道関係者の必死の努力で、21日夕刻にはあらかた完了した。
――――――
>日本政府は日本兵を騙し、在留邦人までも捨ててしまったのだよ。その最大の罪はシベリア抑留を承諾したことだ。
前にも言ったが、日本政府がシベリア抑留を承諾したことなどないだろ?
ただ、日本政府がシベリア抑留(拉致、強制連行、強制労働、殺人)問題や北方領土問題を蔑ろにしてソ連と国交を正常化してしまった罪は大きいと思う。
責任は鳩山一郎にあり、万死に値すると思う。
>原爆の投下 シベリア抑留 残留孤児を生んだ罪は 日本政府の優柔不断な姿勢にあったということだよ(笑)
では、どうすれば良かったんだ?
日本政府は降伏することを決断していたが、アメリカが原爆を投下したかったために日本政府の降伏を受け付けなかったんだ。
#7175、#7176、#7177、#7178、#11659を読め。
>互いの国同士の約束事は、その時の状況により破棄されることもある、、ってことね。(笑)
それが、オマエの歴史観、外交観かね?
最初から国同士の約束事なんかするなと言いたいのか?
>しかも、敗戦2ヶ月も前に、日本政府は日ソ不可侵条約の破棄を告げられているにも関わらず、それを連絡もせず、放置したままだったことを知るべきだろ(笑)
ハァ?
初めて聞く話だ。
後学のために、「日本政府が敗戦2ヶ月前に日ソ不可侵条約の破棄を告げられていた」事実について詳しく教えて頂けないだろうか?
>ソ連も降伏した後も攻め込んだことは、許されることではないが、停戦ラインの確定が無かったこと、日本兵の反撃、、彼らは終戦を連絡されたなかった為、戦闘を続けたのだから、、一概にソ連の終戦後の侵攻を咎めることもできないだろうね(笑)
日本にはやたらと厳しいが、ソ連には随分と甘々だな。
>とにかく、在留邦人を最後まで守り抜いた日本軍の主力部隊は存在しなかった、邦人を見殺しにして、逃走した関東軍は罪を償う必要があるぜ(笑)
>日本人が日本人を騙した、、これほどの悲劇は無いぜ(笑)
――――――
東部方面(第1方面軍)の戦闘
第126、第135師団主力とともに15日夕までソ連軍の侵攻を阻止し、
この間に牡丹江在留邦人約6万人の後退を完了することができた。
牡丹江東側陣地の防御が限界に達した第5軍は、17日までに60キロ西方に後退、そこで停戦命令を受けた。
虎頭陣地の戦闘
完全包囲下の中で守備隊は主として夜間斬り込み、肉薄攻撃を反復敢行、
8月26日に至り避難民を含めほとんど全員が壮烈なる戦死を遂げた。
陣地にあった約1900名(含居留民)中、内地に帰還し得た者、わずかに53名であった。
北及び北西方面(第4軍)の戦闘
第119師団は停戦するまでソ連軍の突破を阻止し、その結果邦人主力のハイラル在住者は
ソ連軍に後方を遮断される前に後退することができたのである。
Ω Ω Ω Ω
八路軍の鉄道襲撃は執拗だった。周囲の山から居留民を満載した無蓋汽車に銃を撃ちかけてくる。北京から急遽、救援にかけつけた第118師団の将兵も、防戦に駆けずり回った。
8月21日、張家口から約40キロ東南の宣化の駅では、広い駅構内の何本もある引き込み線に引き揚げ者を満載した列車20本ほどが一時停車していた。物資輸送のために山本義一軍曹と部下20人がそこを通りかかった時、八路軍が襲撃してきた。
山本軍曹は「こりゃ、エライこっちゃ。どうせ死ぬなら、日本人のために死のう」と部下たちに呼びかけ、応戦。やがて3百メートルほど離れた川岸まで撃退した。
しかし、八路軍は何度も襲撃してくる。撃ち合って二日目、疲れ果てて、もう持ちこたえられん、とあきらめかけた時、5、6歳のイガグリ頭の男の子が、大きなカバンをひきずるようにして小走りに走ってきた。その子を目標にして、八路軍の追撃砲弾が周囲に炸裂する。山本軍曹は思わず、その子を横抱きにして窪地に飛び込んだ。
「兵隊さん、これ食べて頑張って下さい」と、男の子はカバンの中からいくつもの焼きお握りを取り出した。山本軍曹の顔は泥と涙で、目の下が真っ黒になっていた。男の子の励ましに疲れも吹き飛んで、まもなく八路軍を撃退させた。
20日夕刻から始まった張家口からの4万人脱出は駐蒙軍と鉄道関係者の必死の努力で、21日夕刻にはあらかた完了した。
――――――
>日本政府は日本兵を騙し、在留邦人までも捨ててしまったのだよ。その最大の罪はシベリア抑留を承諾したことだ。
前にも言ったが、日本政府がシベリア抑留を承諾したことなどないだろ?
ただ、日本政府がシベリア抑留(拉致、強制連行、強制労働、殺人)問題や北方領土問題を蔑ろにしてソ連と国交を正常化してしまった罪は大きいと思う。
責任は鳩山一郎にあり、万死に値すると思う。
>原爆の投下 シベリア抑留 残留孤児を生んだ罪は 日本政府の優柔不断な姿勢にあったということだよ(笑)
では、どうすれば良かったんだ?
日本政府は降伏することを決断していたが、アメリカが原爆を投下したかったために日本政府の降伏を受け付けなかったんだ。
#7175、#7176、#7177、#7178、#11659を読め。
これは メッセージ 12176 (yominokuni56 さん)への返信です.