南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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虐殺は嘘51 朝日新聞が日記を捏造1

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/08/23 01:50 投稿番号: [11909 / 41162]
朝日新聞との闘い・われらの場合

都城23連隊の戦史を汚すことは断じて許さぬ

吉川正司(元都城歩兵第23連隊・中隊長)

「文藝春秋」昭和62(1987)年5月号より転載



  昭和59(1984)年8月4日、朝日新聞夕刊に5段抜きの大見出しが躍った。
  「日記と写真もあった南京大虐殺、悲惨さ写した3枚、宮崎の元兵士後悔の念をつづる」と題されたこの記事は、翌5日朝刊の全国版にも掲載され、一大センセーションを巻き起こす。
  思えばこれが、朝日新聞との2年5ヶ月におよぶ闘いの幕開けだった。

(略)

  支局長「抗議の公文書、確かに受け取りました。その事ですが、「お詫び」だけはご勘弁下さいませんか。その事を記事にすれば、私は首になります」
  中山「首になる。仕方ないじゃありませんか。嘘の報道を大見出しの記事として全国版に掲載したんですから。その責任をとって首になるのが当然じゃありませんか」
  支局長「その責任は重々、感じています。しかし首になると私は困ります。私の家族のために助けて下さい。お願いします。この通りです(両手をついて頭をさげる)」
  中山「お詫びがないと、私の方が困ります。亡き戦友の御霊を慰めるのが私ども連隊会の責務ですから」
  支局長「そこのところ何とか」

  2人の間で種々のやりとりがあったすえ、お詫びとか記事取り消しといった言葉は使わないが、全国版・地方版で連隊は南京大虐殺とは無関係との旨を報道することで、両者が合意した。
  事務局長は帰ってから連隊会の安楽秀雄会長とも相談し、やむを得ないとの承諾を得たのである。
  昭和60(1985)年2月24日、朝日地方版は「「南京大虐殺と無関係」元都城23連隊の関係者が表明」として次のように報じた。

(略)

  いささか不本意ではあったが、ともかくもこの記事で、およそ半年におよぶ朝日と連隊会の抗争に終止符が打たれるかに見えた。
  ところが、同年の6月、7月、10月と、大阪・名古屋などに住む戦友から相次いで「連隊は無関係という記事は全国版の何月何日に載ったのか」との問い合わせが事務局に殺到した。
  全国版に載せると言った朝日が約束を破るはずはない。
  この種の記事は紙面の片隅に小さく載せるのが新聞社の常道だから、もう1度よく見て下さい、と照会のたびに事務局は回答していた。
  昭和60(1985)年12月20日、"お詫び"記事から半年たったところで、意外な事実が判明した。
  この日、中山事務局長は、朝日宮崎支局に中村支局長を訪ねた。
  事件の取材で宮崎に来ていた「世界日報」の鴨野守社会部記者を伴ってである。
  中山氏はさっそく、
  「例の無関係の件、全国版の何月何日に載ったのですか」と切り出す。
  ところが支局長は言った。

  「全国版?全国版には載せてありません」
  「載せていない?それじゃ約束が違います」
  「約束した覚えはありません」
  「冗談をおっしゃってはいけません。あの日、固く約束されたじゃないですか。」
  「いや、地方版に載せるとは言いましたが、全国版とは言いません」

  そして中村局長は、「あの記事はすべて正しい。朝日新聞宮崎版に載った記事は訂正記事ではない。連隊会から抗議があった旨を載せたまでだ」と、言い放ったのである。
  中山事務局長は、

  「今からでもよいから、全国版に載せてくれませんか」と食い下がったが、
  支局長は「いや、もうこれ以上の事は朝日としては出来ません」と一蹴した。
  やむなく中山事務局長は、次のように言い残して席を立った。

  「卑怯ですねあなたは。あの時私に、1人で来て下さいと言われた意味が今になってわかりました。約束をした、しないは、当事者だけでは押し問答になりますからね」

  朝日は都城23連隊との抗争はこうして再燃したのである。



  それから1週間ほどたった12月28日、朝日にとって極めて衝撃的なスクープが「世界日報」の一面トップを飾った。
  「朝日、こんどは写真悪用   南京大虐殺をねつ造」と題された記事によれば、中国人の首が転がっている例の写真、南京大虐殺の動かしがたい証拠であると朝日が大見得を切った写真は、旧満州の熱河省で撮影されたもの、と指摘されたのだ。(その後の報道で、この写真は昭和6(1931)年、当時の朝鮮で市販されていたもので、満州の凌源で中国軍が馬賊を捕らえて処刑したものと判明する)

(以下略)

http://www.history.gr.jp/~nanking/books_bungeishunju875.html
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