Re: nmwgip くんの疑問点
投稿者: usotaiji 投稿日時: 2006/08/15 10:28 投稿番号: [11800 / 41162]
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当時死刑囚に対する毒ガス処刑が違法でもなんでもなかったのは周知の通り。アメリカでは当時のガス処刑室が堂々と公開されています。
裁判の結果の死刑執行と、俘虜の処刑とは全く別問題です。
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1933年の塘沽協定以降、ソ連の侵攻まで、満洲がまともに戦場になったことはありません。満洲で処刑されているならそれは捕虜ではなく馬賊の死刑囚と見るのが普通であるはずなのに、
まさしく、「はずなのに」なのです。『戦争』と呼ばなかったのですから捕虜はいない「はずなの」です。満州や朝鮮では抵抗者はみな日本軍には「匪賊」と呼ばれていました。三笠宮は「匪賊」といえども「敵兵」「捕虜」に違いないと認識していたのでしょう。捕らえられた「匪賊」は「捕虜」なのです。
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また第十一軍司令官の後、軍事参議官を経て北支那方面軍司令官に就任しているのだから、第二師団司令官離任後の出来事であっても、岡村にとって他人事ではありません。
そのとおりですよ。ところが次が、イナバウワー!
卒倒です〜!
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岡村寧次の下で軍紀が保たれていたというなら、満洲で虐殺が行われたなんて結論にはならないはずなのです。
あなたは三笠宮が岡村寧次を誉めているとでも思ったのですか?
読解力がないのですか、それとも曲解したいのですか、どちら?
三笠宮は岡村寧次を名指しで非難しているのです。
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北京駐屯の岡村寧次大将(陸士十六期・東京出身)などは、その前から軍紀、軍律の乱れを心配され、四悪(強姦、略奪、放火、殺人)厳禁ということを言われていました。私も北京に行って、直接聞いたことがあります。
ところが貴方は、脳内の赤い電線と白い電線を取り違えて
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岡村寧次の下で軍紀が保たれていたというなら、満洲で虐殺が行われたなんて結論にはならないはずなのです。
岡村寧次の下で軍紀が保たれていたと主張しているのは、nmwgip くん、君だけです(笑ってしまった)。君の「証明」なるものは、肝心なところで正邪の逆を導いています。
これは メッセージ 11796 (nmwgip さん)への返信です.
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