Re: 昭和天皇の発言
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/07 23:40 投稿番号: [10698 / 41162]
>>>原爆が落とされても、戦争だからしょうががないと長崎で言い放った昭和天皇。
>>ソースをよろしく。
>一九七五年十月三十一日、アメリカ訪問から帰国直後に天皇裕仁は、日本記者クラブの記者団との会見の席上、広島・長崎への原爆投下についての感想を求められて答えた有名なことば。
>「原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾に思っておりますが、こういう戦争中であることですから、どうも広島市民に対して気の毒ではあるが、やむを得ないことと、私はおもっております。」
これは、いわゆる「改竄」というやつだな。
さて。
訪米から帰国した天皇陛下に対して、原爆投下の感想を質問する記者って大馬鹿野郎だな。
日米友好のために訪米した直後なのだから、アメリカを非難するのは困難だった。
本来なら、そのような時と状況を考慮しない愚問に対しては、怒って無視するべきだった。
天皇陛下の誠実さが災いしてしまったようだね。
――――――
(ホワイトハウスの晩さん会で「私が深く悲しみとするあの不幸な戦争」と述べられたことについて、それは天皇が戦争責任をお認めになったものか――との質問に)そういう言葉のアヤについては、文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんから、お答えができかねます
原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思っていますが、戦争中であることですから、広島市民に対しては気の毒ではあるが、やむをえないことと私は思っています
――50年10月31日 訪米後、皇居で行われた記者会見で。この会見では初めてテレビ録画、録音も認められ、一問一答の模様が茶の間に。発言中「原爆やむをえない」のくだりが問題になったが、天皇はあとで側近に「表現が足りなかったせいもあるが、私の真意が誤解されている」と語られたという。
1989/01/07, 朝日新聞 より抜粋
――――――
質問は、旅行の思い出に始まり、日米の比較論、先の大戦に対する見方や戦争責任問題などに及ぶ。
「陛下はこれまでに三度、広島へお越しになり、広島市民に親しくお見舞いの言葉をかけておられるわけですが、戦争終結に当たって、原子爆弾投下の事実を、どうお受け止めになりましたのでしょうか」
記者の一人が「被爆」に対する感想を尋ねた。天皇が答える。
「原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思っていますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思ってます」(高橋紘著『陛下、お尋ね申し上げます』参照)
天皇は「やむを得ないこと」とだけ述べた。が、敗戦が迫った二十年八月六日、広島に原爆が落とされ、一瞬にして数万人の命が失われたことについて、実際には、ただ仕方なかったと受け止めていたわけではないだろう。
天皇は八日後の十四日、自ら戦争終結の「聖断」を下した。決断を促した要因は無論、原爆投下だけではない。
もっと早い段階で肚を固め、終戦の道を模索し続けてきた。
1994/09/25, 日本経済新聞 より抜粋
>>ソースをよろしく。
>一九七五年十月三十一日、アメリカ訪問から帰国直後に天皇裕仁は、日本記者クラブの記者団との会見の席上、広島・長崎への原爆投下についての感想を求められて答えた有名なことば。
>「原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾に思っておりますが、こういう戦争中であることですから、どうも広島市民に対して気の毒ではあるが、やむを得ないことと、私はおもっております。」
これは、いわゆる「改竄」というやつだな。
さて。
訪米から帰国した天皇陛下に対して、原爆投下の感想を質問する記者って大馬鹿野郎だな。
日米友好のために訪米した直後なのだから、アメリカを非難するのは困難だった。
本来なら、そのような時と状況を考慮しない愚問に対しては、怒って無視するべきだった。
天皇陛下の誠実さが災いしてしまったようだね。
――――――
(ホワイトハウスの晩さん会で「私が深く悲しみとするあの不幸な戦争」と述べられたことについて、それは天皇が戦争責任をお認めになったものか――との質問に)そういう言葉のアヤについては、文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんから、お答えができかねます
原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思っていますが、戦争中であることですから、広島市民に対しては気の毒ではあるが、やむをえないことと私は思っています
――50年10月31日 訪米後、皇居で行われた記者会見で。この会見では初めてテレビ録画、録音も認められ、一問一答の模様が茶の間に。発言中「原爆やむをえない」のくだりが問題になったが、天皇はあとで側近に「表現が足りなかったせいもあるが、私の真意が誤解されている」と語られたという。
1989/01/07, 朝日新聞 より抜粋
――――――
質問は、旅行の思い出に始まり、日米の比較論、先の大戦に対する見方や戦争責任問題などに及ぶ。
「陛下はこれまでに三度、広島へお越しになり、広島市民に親しくお見舞いの言葉をかけておられるわけですが、戦争終結に当たって、原子爆弾投下の事実を、どうお受け止めになりましたのでしょうか」
記者の一人が「被爆」に対する感想を尋ねた。天皇が答える。
「原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思っていますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思ってます」(高橋紘著『陛下、お尋ね申し上げます』参照)
天皇は「やむを得ないこと」とだけ述べた。が、敗戦が迫った二十年八月六日、広島に原爆が落とされ、一瞬にして数万人の命が失われたことについて、実際には、ただ仕方なかったと受け止めていたわけではないだろう。
天皇は八日後の十四日、自ら戦争終結の「聖断」を下した。決断を促した要因は無論、原爆投下だけではない。
もっと早い段階で肚を固め、終戦の道を模索し続けてきた。
1994/09/25, 日本経済新聞 より抜粋
これは メッセージ 10670 (fukagawatohei さん)への返信です.