Re: デリ君の引用は誰の文章??
投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/04 07:01 投稿番号: [10499 / 41162]
佐藤振壽氏『従軍とは歩くこと』
平成5年12月8日発行の「南京戦史資料集Ⅱ」(偕行社)所収より(1)
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そんな時、連絡員の一人が励志社の先の方で、何かやっていると知らせて来た。何事かよくわからなかったが、カメラ持参で真相を見極めようと出かけた。
行った先は大きな門構えで、両側に歩哨小屋があったので、とりあえず、その全景を撮った。
中へ入ってみると兵営のような建物の前の庭に、敗残兵だろうか百人くらいが後ろ手に縛られて坐らされている。彼らの前には五メートル平方、深さ三メートルくらいの穴が、二つ掘られていた。
右の穴の日本兵は中国軍の小銃を使っていた。中国兵を穴の縁にひざまずかせて、後頭部に銃口を当てて引き金を引く。発射と同時にまるで軽業でもやっているように、一回転して穴の底へ死体となって落ちていった。
左の穴は上半身を裸にし、着剣した銃を構えた日本兵が「ツギッ!」と声をかけて、座っている敗残兵を引き立てて歩かせ、穴に近づくと「エイッ!」という気合いのかかった大声を発し、やにわに背中を突き刺した。中国兵はその勢いで穴の中へ落下する。
たまたま穴の方へ歩かされていた一人の中国兵が、いきなり向きを変えて全力疾走で逃走を試みた。気づいた日本兵は、素早く小銃を構えて射殺したが、筆者から一メートルも離れていない後方からの射撃だったので銃弾が耳もとをかすめ、危険このうえもない一瞬だった。
銃殺や刺殺を実行していた兵隊の顔はひきつり、常人の顔とは思えなかった。緊張の極に達していて、狂気の世界にいるようだつた。戦場で敵を殺すのは、殺さなければ自分が殺されるという強制された条件下にあるが、無抵抗で武器を持たない人聞を殺すには、自己の精神を狂気すれすれにまで高めないと、殺せないのだろう。
後で仲間にこの時のことを話すと、「カメラマンとしてどうして写真を撮らなかったか」と反問された。「写真を撮っていたら、恐らくこっちも殺されていたよ」と答えることしかできなかった。
写真を撮ったが、その門の上には「駐軍八十八師司令部」の文字が読みとれる。さらに営門の両側の哨舎のうち、右の哨舎には「伊佐部隊・棚橋部隊」、左の哨舎には歩哨の陰になっているが「棚 OO 、捕虜収容所、歯獲品集積所」という文字が読める。
「駐軍八十八師司令部」の白いレリーフの文字は黒色に塗られていた。その下には横長に「青天白日」のデザインがレリーフになっている。八十八師といえば、中国軍の中でも蒋介石直轄の精鋭部隊として知られていた。
ところで、八十八師の営門の哨舎に書かれている「伊佐部隊・棚橋部隊」とは、上海戦で勇戦し感状を受けた第九師団歩兵第七聯隊第三大隊の通称である。
(中略)
八十八師の営門を入り営庭を過ぎてソ連製の飛行機があったのだから、あそこは城内の故宮飛行場ではなかったろうかと思っている。
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デリ君、君の引用はどこからかね。大元は?
誰が書いた文章かね。
平成5年12月8日発行の「南京戦史資料集Ⅱ」(偕行社)所収より(1)
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そんな時、連絡員の一人が励志社の先の方で、何かやっていると知らせて来た。何事かよくわからなかったが、カメラ持参で真相を見極めようと出かけた。
行った先は大きな門構えで、両側に歩哨小屋があったので、とりあえず、その全景を撮った。
中へ入ってみると兵営のような建物の前の庭に、敗残兵だろうか百人くらいが後ろ手に縛られて坐らされている。彼らの前には五メートル平方、深さ三メートルくらいの穴が、二つ掘られていた。
右の穴の日本兵は中国軍の小銃を使っていた。中国兵を穴の縁にひざまずかせて、後頭部に銃口を当てて引き金を引く。発射と同時にまるで軽業でもやっているように、一回転して穴の底へ死体となって落ちていった。
左の穴は上半身を裸にし、着剣した銃を構えた日本兵が「ツギッ!」と声をかけて、座っている敗残兵を引き立てて歩かせ、穴に近づくと「エイッ!」という気合いのかかった大声を発し、やにわに背中を突き刺した。中国兵はその勢いで穴の中へ落下する。
たまたま穴の方へ歩かされていた一人の中国兵が、いきなり向きを変えて全力疾走で逃走を試みた。気づいた日本兵は、素早く小銃を構えて射殺したが、筆者から一メートルも離れていない後方からの射撃だったので銃弾が耳もとをかすめ、危険このうえもない一瞬だった。
銃殺や刺殺を実行していた兵隊の顔はひきつり、常人の顔とは思えなかった。緊張の極に達していて、狂気の世界にいるようだつた。戦場で敵を殺すのは、殺さなければ自分が殺されるという強制された条件下にあるが、無抵抗で武器を持たない人聞を殺すには、自己の精神を狂気すれすれにまで高めないと、殺せないのだろう。
後で仲間にこの時のことを話すと、「カメラマンとしてどうして写真を撮らなかったか」と反問された。「写真を撮っていたら、恐らくこっちも殺されていたよ」と答えることしかできなかった。
写真を撮ったが、その門の上には「駐軍八十八師司令部」の文字が読みとれる。さらに営門の両側の哨舎のうち、右の哨舎には「伊佐部隊・棚橋部隊」、左の哨舎には歩哨の陰になっているが「棚 OO 、捕虜収容所、歯獲品集積所」という文字が読める。
「駐軍八十八師司令部」の白いレリーフの文字は黒色に塗られていた。その下には横長に「青天白日」のデザインがレリーフになっている。八十八師といえば、中国軍の中でも蒋介石直轄の精鋭部隊として知られていた。
ところで、八十八師の営門の哨舎に書かれている「伊佐部隊・棚橋部隊」とは、上海戦で勇戦し感状を受けた第九師団歩兵第七聯隊第三大隊の通称である。
(中略)
八十八師の営門を入り営庭を過ぎてソ連製の飛行機があったのだから、あそこは城内の故宮飛行場ではなかったろうかと思っている。
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デリ君、君の引用はどこからかね。大元は?
誰が書いた文章かね。
これは メッセージ 10497 (deliciousicecoffee さん)への返信です.