Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/06/29 19:22 投稿番号: [10280 / 41162]
>>>>だけどそういう例は実際あったようですね。
>>>1937年12月13日になっても安全区に避難せず危険な場所に家族10人ぐらいで居残っていた例が他にあるなら教えてください。
>>それは知らない。
>知らないのに、「例は実際あった」と嘘を吐いたの?
文脈に注意。↓
>>そもそも、12月1日には南京市長が全市民に安全地区に移るように命令し、12月8日には支那軍司令長官唐生智が、非戦闘員は全て安全地区に移るように命令し、その他資料からも事件があったとされる12月13日には安全区以外の南京には誰も居なかったはずであり、実際に夏淑琴の近隣は全て避難し、同居していた叔父夫婦も避難していたのに、夏淑琴たち被害に遭った連中だけが残って居たこと自体が異常。
>だけどそういう例は実際あったようですね。(10193)
「12月13日には安全区以外の南京には誰も居なかったはず」に対する応答です。
安全区以外にも何人か一般市民が居残っていた例はあったようだということです。
「それは知らない」は、
>安全区に避難せず危険な場所に家族10人ぐらいで居残っていた例が他にあるなら
「家族10人ぐらいで居残っていた例」は知らないという意味です。居残っていた例は、1〜3人あるいは4,5人くらいじゃないかと思います。この件(居残り)に関しては以前掲示板のどこかで議論していましたね。
これは メッセージ 10227 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/10280.html