南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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「南京問題」は支那軍による「反日攪乱」

投稿者: blvd_beaverton 投稿日時: 2006/06/26 23:48 投稿番号: [10182 / 41162]
「南京問題」は支那軍による「反日攪乱」…コレ常識

■南京安全区(南京国際安全区・南京難民区)・・・日本軍が南京市に侵攻するにあたり、南京市内に「(中華民国政府の遷都にあわせて)避難できかなった人々」「他戦線で発生した難民」を収容するために設定された地区。広さは南京城内の一部で約3.8平方キロメートル
(マイナー・ベイツ金陵大学歴史学教授、ルイス・スマイス金陵大学社会学教授、ジョン・ラーベ   ジーメンス社南京支社支配人らが中心となって南京安全区国際委員会が結成され、南京市・日本軍双方に対し交渉にあたった)

■支那軍に利用された「安全区」
   支那軍は、この「安全区」を徹底的に利用した。陥落数時間前の12月12日、万単位の支那兵が、「安全区」に逃げ込んだ。避難民のための中立地帯が支那兵のための避難地帯となった。「このような恥ずべき安全地帯の設定は失敗であった。」と中華工業国外貿易協会南京支配人シュイールズがのちに洩らしている。
   日本軍はこの「安全区」を尊重し支那軍は対日工作活動の拠点として利用した。それが「南京問題」の原点。

■対日工作の隠れ蓑になった「安全区委員会」
   12月12日、龍と周という将校がラーベ(中立地帯委員長)を訪問する。ラーベはこの二人の大佐の潜伏と逃亡に深く関わっていく。
龍と周が「安全区」に潜伏したのは64日間。彼らの目的は「反日攪乱行為と、その扇動」だった。彼らはラーベの庭「ジーメンス・キャンプ」を対日工作の拠点とし、中立地帯委員長らを、その広報として利用した。

■支那軍の対日工作を示す記事・記録
   昭和13年1月4日『ニューヨーク・タイムズ』の記事の見出しと内容
「『元支那軍将校が避難民の中に。南京の犯罪を日本軍のせいに。――大佐一味が白状』
   南京の金陵女子大学に避難民救助委員会の外国人委員として残留しているアメリカ人教授たちは、逃亡中の大佐1名とその部下の将校6名をかくまっていたことを発見し、心底から当惑した。実のところ教授たちはこの大佐をそのキャンプで2番目に権力ある地位につけていたのである。
  この将校たちは支那軍が南京から退却する際に軍服を脱ぎ捨て、それから女子大の建物に住んでいて発見された。彼らは大学の建物の中にライフル6丁と、ピストル5丁、砲台からはずした機関銃1丁に、弾薬をも隠していたが、それを日本軍の捜索隊に発見されて、自分たちのものであると自白した。
  この将校たちは南京で略奪したことと、ある晩などは避難民キャンプから少女たちを暗闇に引きずり込んで、その翌日には日本兵が襲った風にしたことを、アメリカ人たちや他の外国人たちのいる前で自白した。
  この元将校たちは逮捕された。戒厳令に照らして罰せられ、おそらく処刑されるであろう。」

   上海のアメリカ系の英字新聞『チャイナ・プレス』1月25日号の記事「12月28日までに、将校23名を含む1575名が「安全区」に機関銃やライフルを隠して潜伏しているのを摘発された」
   逮捕された者の中には南京の防衛軍司令官、王信労がいる。彼は陳弥という偽名を使って国際委員会の第4部門を率い、3人の部下とともに「略奪、扇動、強姦にたずさわった」という。

   飯沼守少将の陣中日記(1月4日)に、「八十八師副師長」の逮捕が記録されている。逮捕された第八十八師副師長、馬包香中将という人物は、やはり「安全区」で「反日攪乱行為(略奪、扇動、強姦)」を指揮していた。

  「安全区避難民」の証言記録には、支那軍将校が「安全区」に潜伏する支那兵を指揮して「略奪、放火、強姦」したという証言がある。
   国際安全区委員会のマッカラムの日記(昭和13年1月8日)
「支那軍ノ或る者ハ容易ニ略奪・強姦及ビ焼討等ハ支那軍ガヤツタノデハ、日本軍ガヤッタノデハ無イト立証スラ致シマス」(避難民の証言)
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