アメリカの国家犯罪全書
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2004/01/25 04:33 投稿番号: [824 / 3072]
イラン
日常的に拷問を行った悪名高いイランの治安警察SAVAKは、一九五〇年代に、CIAとイスラエルの指導のもとで設立された。イランを専門とする元CIAアナリストジェッシ・J・リーフによると、SAVAKはCIAから拷問技術を教わったという[10]。一九七九年の革命後、イランでは、CIAがSAVAKのために作った女性に対する拷問方法のフィルムが発見された[11]。
ドイツ
一九五〇年代、ミューニッヒで、CIAは、対ソ作戦のために利用していた西欧のソ連移民組織に潜入したものたちを拷問した。CIAが用いた拷問の中には、睾丸にテレピン油を塗るとか、部屋に閉じこめ精神に変調をきたすまで大音量でインドネシア音楽を聴かせるといった奥義があった[12]。この情報が漏れだしたのは、おもしろいと言えるほどまでに奇妙だったからと思われる。口に出すことがはばかられた通常の拷問方法も使われていた可能性は高い。
ベトナム
一九六〇年代、グリーン・ベレーは、ベトナムでの兵役を前にした兵士たちに、尋問の一環として拷問をどう使うか教えていた[13]。ベトコン[ママ]の社会基盤を一掃するためにCIAが開始した悪名高いフェニックス作戦では、容疑者に、男女を問わず性器に電気ショックを与えたり、耳に一五センチの釘を刺し、釘が脳に達し犠牲者が死ぬまで少しずつ叩いたりといった拷問を加えた。重要な容疑者の口を割らせるために別の容疑者を空輸ヘリから突き落としたりもした。むろん、これは、突き落とされたものに対しては殺人、突き落とされなかったものに対しては拷問の一形態というものだろう[14]。ジュネーブ条約に違反して、米国は、捕虜が拷問を受けることを完全に知っていながら、捕虜を南ベトナム政府に引き渡していた。こうした拷問には、米軍兵士が立ち会ったことも多い[15]。
ボリビア
一九六七年、CIAのもとでチェ・ゲバラを見つけだそうと活動していた反カストロ派キューバ人たちは、尋問所を設置し、チェのゲリラ部隊を助けているのではないかと疑いをかけたボリビア人たちを連れてきて尋問し、ときに拷問にかけた。ボリビアの内務大臣が拷問について知ったとき、激怒して、CIAに停止するよう求めた[16]。
これは メッセージ 823 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fhna99q2ha1cbfoqa1da4n9qoa22claa4rbby1ga47a4ha4a6_1/824.html