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全倭猿必読!(強制)

投稿者: great_daehan_minguk 投稿日時: 2008/03/04 18:54 投稿番号: [92568 / 230347]
<日本はドイツを模範とせよ⑥>
政府や企業以外に、NGO・非政府組織も、過去との対決で重要な役割を果たしています。特に、プロテスタント教会系のボランティア団体「償いの証」は最も知られています。この団体については、フォン・ヴァイツゼッカー大統領が、1985年に行った有名な演説「荒れ野の40年」の中でも、触れられています。
ベルリンに本部を持つ「償いの証」は、1958年から2005年までに、のべ1万人のドイツ人の若者たちを、ボランティアとして、イスラエル、フランスなど13の国々に派遣してきました。今も毎年100人から150人の若者が、この団体の仲介によって、外国で働いています。
ボランティアたちは、1年半から2年間外国に滞在します。そして、強制収容所に入れられて病気になったお年寄りの介護活動や、ポーランドなどの強制収容所跡の修復作業、などを行い、ナチスによって被害を受けた人々との対話を通じて、過去の歴史を学びます。
償いの証のボランティア活動に対する、若者たちの関心は高く、毎年志願者の数は、定員の3倍から4倍に達しています。
償いの証が特に重視しているのは、ナチスの犯罪について、本や映画から学ぶだけではなく、ドイツに侵略された国で働いたり、被害者たちと、話し合ったりすることによって、歴史を「生の体験」として心に刻むことです。若者たちは、イスラエルやポーランドで働くことによって、外国には、今もドイツ人を憎んでいる人がいることを肌で体験するのです。
さらに償いの証は、ドイツの若者たちのために、ポーランドやロシア、ウクライナなどにある強制収容所の跡や、虐殺の現場を訪れる学習旅行も実施しています。
私は1989年に、ベルリンの職業訓練学校の生徒たちが、1週間にわたってアウシュビッツ強制収容所で行った学習旅行に同行しました。彼らは、博物館を訪れるだけでなく、収容所の跡で草取りなどの作業を行ったり、収容所に入れられていた被害者から、話を聞いたりしていました。この写真はその時の模様です。
また1992年は、ナチスドイツ軍がソビエト連邦への侵略を始めた年から50年目にあたりましたが、この年に償いの証は、ウクライナとベラルーシで、ドイツ軍による虐殺の現場を訪れる学習旅行を企画しました。右の人は、ロシア戦線で戦ったことのある、元ドイツ兵です。左の女性は、ウクライナでの虐殺で生き残った女性です。
アウシュビッツを生き延びたあるポーランド人は、「ドイツとポーランド政府は、善隣条約を結んだが、国民同士が具体的に融和しようとしなければ、条約などただの紙切れにすぎない。その意味で、償いの証が行ってきたような仕事こそ、条約を肉付けし、生命を与えるものだ」と述べて、この団体の活動を、高く評価していました。
政府主導の賠償や啓蒙活動とは全く別の次元で、草の根のNGOが,半世紀近くにわたり、歴史を心に刻む作業を続けてきたことに、ドイツ人の過去と対決する作業が、いかに社会に深く浸透しているかを、強く感じます。
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