Re: monjujzさん
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2008/01/16 11:26 投稿番号: [86103 / 230347]
>身分制度の頂点に立つ両班は、無条件で全員学びますね。その割合が1割、中人も官職に登用されるかされないかは別にして学びます。その割合が2割ということです。
>>言い切りますね。その根拠は?特に中人の場合は世襲ですね。人口の2割を占める中人全体が雑科の職を持っていたとでも?
前投稿で、「中人も官職に登用されるかされないかは別にして学びます。」と書きました。これは、中人が、両班の庶子血統である事に関係します。
>李朝の農業は、専業の常民と賎民階級の奴婢が携わったもので、両班、中人はしませんね。
>>ではあなたの提示したサイトは間違っているということですね?
>『まず、小作制度改善云々のくだりだが、それまで近代以前の土地所有制において、判然としていない土地所有権を、「申告制」を持って登録した結果、多くの農民たちは文盲であったがため文書による登録が出来なかったし、そもそもそういった布告そのものを理解する事が出来なかったために土地を奪われる事となり』
お示しの文面は、併合後の記述ですね。今は、近代以前の身分制度で論を組み立てています。
まず、身分制度ですが、下記のようになります。
両班 東班(文官)・西班(武官)、税役免除の特権階級、ヤンバン
中人 医者・天文官・通訳など技術官僚、両班の庶子が世襲、何代か高位の官職に付けば両班に格上げされた。
常民 農民・商人・手工業者、俗に「サンノム」という
賎民 広大(クァンデ)・寺党(サダン)、芸人
巫げき、 シャーマン
喪輿軍、 墓堀人
僧・尼 儒教社会では悲惨
妓生
公私の奴卑、公奴卑は1801年解放
白丁、 屠殺業・柳器製造・皮革業・食肉業・農業
「京城大学教授であった四方博氏の統計によると、
李朝朝鮮における各階級の比率としては1690年の大邸における例としては、両班7.4%、良民(中人・常民)49.5%、奴婢43%。つまり人口の半数近くが奴婢であった。
1858年には両班の比率が48.8%と増加しているが、奴婢は人口の約半数を占めているままである。」
と有り、1858年は、第25代哲宗の代であり、3代続いて皇后を送り出した安東金氏が、外戚として政治を壟断する勢道政治で権勢を振るっていた絶頂期に当たります。安東金氏により官職から追放された両班があぶれ、また政治綱紀が乱れ汚職、収奪などの横行が頻繁に起こり農民反乱が頻発し、王権の弱体化と王朝の混乱を生じさせた時代ですね。
四方博氏1858年度統計による両班の増加は、官職から追放された落ちぶれ両班が、中人や金持ち常民に族譜を売ったか、圧制により賎民人口が減少した為に両班の比率が上がったか、または、双方の理由が関係したかは分かりませんが、統計が正しいとすれば、約半数が両班身分を有していたという事になります。
しかし、統計による両班の中には、族譜売買による似非両班も入っていると思われます。従って、全員識字出来たとは言いませんが、1929年度の就学率25%から見て、3割程度という推定識字率は、妥当な数字と思いますね。
>>言い切りますね。その根拠は?特に中人の場合は世襲ですね。人口の2割を占める中人全体が雑科の職を持っていたとでも?
前投稿で、「中人も官職に登用されるかされないかは別にして学びます。」と書きました。これは、中人が、両班の庶子血統である事に関係します。
>李朝の農業は、専業の常民と賎民階級の奴婢が携わったもので、両班、中人はしませんね。
>>ではあなたの提示したサイトは間違っているということですね?
>『まず、小作制度改善云々のくだりだが、それまで近代以前の土地所有制において、判然としていない土地所有権を、「申告制」を持って登録した結果、多くの農民たちは文盲であったがため文書による登録が出来なかったし、そもそもそういった布告そのものを理解する事が出来なかったために土地を奪われる事となり』
お示しの文面は、併合後の記述ですね。今は、近代以前の身分制度で論を組み立てています。
まず、身分制度ですが、下記のようになります。
両班 東班(文官)・西班(武官)、税役免除の特権階級、ヤンバン
中人 医者・天文官・通訳など技術官僚、両班の庶子が世襲、何代か高位の官職に付けば両班に格上げされた。
常民 農民・商人・手工業者、俗に「サンノム」という
賎民 広大(クァンデ)・寺党(サダン)、芸人
巫げき、 シャーマン
喪輿軍、 墓堀人
僧・尼 儒教社会では悲惨
妓生
公私の奴卑、公奴卑は1801年解放
白丁、 屠殺業・柳器製造・皮革業・食肉業・農業
「京城大学教授であった四方博氏の統計によると、
李朝朝鮮における各階級の比率としては1690年の大邸における例としては、両班7.4%、良民(中人・常民)49.5%、奴婢43%。つまり人口の半数近くが奴婢であった。
1858年には両班の比率が48.8%と増加しているが、奴婢は人口の約半数を占めているままである。」
と有り、1858年は、第25代哲宗の代であり、3代続いて皇后を送り出した安東金氏が、外戚として政治を壟断する勢道政治で権勢を振るっていた絶頂期に当たります。安東金氏により官職から追放された両班があぶれ、また政治綱紀が乱れ汚職、収奪などの横行が頻繁に起こり農民反乱が頻発し、王権の弱体化と王朝の混乱を生じさせた時代ですね。
四方博氏1858年度統計による両班の増加は、官職から追放された落ちぶれ両班が、中人や金持ち常民に族譜を売ったか、圧制により賎民人口が減少した為に両班の比率が上がったか、または、双方の理由が関係したかは分かりませんが、統計が正しいとすれば、約半数が両班身分を有していたという事になります。
しかし、統計による両班の中には、族譜売買による似非両班も入っていると思われます。従って、全員識字出来たとは言いませんが、1929年度の就学率25%から見て、3割程度という推定識字率は、妥当な数字と思いますね。
これは メッセージ 85853 (monjujz さん)への返信です.
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