ウソつき朝鮮ババア 2
投稿者: mk_bird4510 投稿日時: 2007/07/14 10:58 投稿番号: [60685 / 230347]
李容洙氏は1928年12月韓国大邱(テグ)生まれ
李容洙氏は、「1928年12月韓国大邱(テグ)生まれ」である。最近のハーバード大学における証言(上記 4月28日)では、「16歳の時に強制連行され、2年間日本兵の慰安婦をさせられた」とある。
「16歳の時に強制連行され」たとすれば、1944年12月〜1945年12月(誕生日前)の時期の出来事となる。それから「2年間日本兵の慰安婦をさせられた」(同証言)とある、とすれば、1946年12月〜1947年12月(同じく誕生日前)まで、「日本兵の慰安婦をさせられた」ことになる。
読者はご存知の通り、終戦は1945年8月15日であり、「強制連行され」た時期が1944年12月であったとしても、「2年間」の大半は終戦後となり、その時期も「日本兵の慰安婦をさせられた」ことになるが、それは有り得ない。1945年10月には、台湾はすでに国民党政権の支配下に入り、日本軍は台湾に「慰安所」などを保持し得なかったのである。とすれば、善意で解釈しても、「2年間」の大半は「虚偽」となる。
そもそも、日本の統治時代においても、「娼婦」の募集を軍隊は行なわず、現地の売春婦の元締め(女衒)と軍が契約して慰安所が経営されていたのである。まして、台湾には現地の公娼がいた。ゆえに、「軍服みたいな服を着た男」が、韓国から台湾に娼婦を“強制連行”するような事実は無かった。むしろ 日本政府は、そのような行為は軍律で厳格に禁じていたのである。
ましてや、戦争末期は、日本水域に米軍の潜水艦が横行し、軍の輸送船が悉(ことごと)く魚雷攻撃の危険に晒されていた時期である。わざわざ韓国から「娼婦」を台湾に輸送する余裕は無かったのである。
また、幾多の証言に述べられている“強制連行”に遭ったとする同氏の年齢と、“慰安婦”であったとする期間にもバラつきが目立つ。証言で重要な要素は、筆者が申し述べるまでもなく、「何時(when)」「どこで(where)」「だれが(who)」「どのようにして(how)」「なぜ(why)」「なにを(what)」の「1H5W」である。
本当に辛い目に遭ったとすれば、人間の心理として、その時の自らの年齢と期間、そしてこの「1H5W」は忘れないものである。“証言”するたびに、これらが食い違うとすれば、忘れられないはずの「元」が無い。つまり、「虚言」と判別するしかない。この「バラツキ」は、他の“証言者”にも見られる傾向であり、「虚」「実」を判別する際に重視すべき要素である。
李容洙氏は、「1928年12月韓国大邱(テグ)生まれ」である。最近のハーバード大学における証言(上記 4月28日)では、「16歳の時に強制連行され、2年間日本兵の慰安婦をさせられた」とある。
「16歳の時に強制連行され」たとすれば、1944年12月〜1945年12月(誕生日前)の時期の出来事となる。それから「2年間日本兵の慰安婦をさせられた」(同証言)とある、とすれば、1946年12月〜1947年12月(同じく誕生日前)まで、「日本兵の慰安婦をさせられた」ことになる。
読者はご存知の通り、終戦は1945年8月15日であり、「強制連行され」た時期が1944年12月であったとしても、「2年間」の大半は終戦後となり、その時期も「日本兵の慰安婦をさせられた」ことになるが、それは有り得ない。1945年10月には、台湾はすでに国民党政権の支配下に入り、日本軍は台湾に「慰安所」などを保持し得なかったのである。とすれば、善意で解釈しても、「2年間」の大半は「虚偽」となる。
そもそも、日本の統治時代においても、「娼婦」の募集を軍隊は行なわず、現地の売春婦の元締め(女衒)と軍が契約して慰安所が経営されていたのである。まして、台湾には現地の公娼がいた。ゆえに、「軍服みたいな服を着た男」が、韓国から台湾に娼婦を“強制連行”するような事実は無かった。むしろ 日本政府は、そのような行為は軍律で厳格に禁じていたのである。
ましてや、戦争末期は、日本水域に米軍の潜水艦が横行し、軍の輸送船が悉(ことごと)く魚雷攻撃の危険に晒されていた時期である。わざわざ韓国から「娼婦」を台湾に輸送する余裕は無かったのである。
また、幾多の証言に述べられている“強制連行”に遭ったとする同氏の年齢と、“慰安婦”であったとする期間にもバラつきが目立つ。証言で重要な要素は、筆者が申し述べるまでもなく、「何時(when)」「どこで(where)」「だれが(who)」「どのようにして(how)」「なぜ(why)」「なにを(what)」の「1H5W」である。
本当に辛い目に遭ったとすれば、人間の心理として、その時の自らの年齢と期間、そしてこの「1H5W」は忘れないものである。“証言”するたびに、これらが食い違うとすれば、忘れられないはずの「元」が無い。つまり、「虚言」と判別するしかない。この「バラツキ」は、他の“証言者”にも見られる傾向であり、「虚」「実」を判別する際に重視すべき要素である。
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