Re: れRe: れRe: 英雄伝が1日で醜聞に転落
投稿者: atticjpjp 投稿日時: 2006/06/21 00:53 投稿番号: [27882 / 230347]
>語学に堪能な貴方の理屈からすると、
先ほどから、語学に堪能、堪能と・・よくわからないのですが、
私は語学に堪能などといった覚えはありませんが、
嫌味な書き方をされる方ですね。
>呉善花さんが書かれたくらいの本を読まれたことがありますか?
これも「くらい」などと、嫌味な書き方をされますね〜。
読んだ事ありません。
韓国人は、好きじゃありませんから。
呉善花さんは、日本の大学を出られていますよね。
日本語で表現されている書物を読んでも、それは日本語ですから
私の言わんとするところとは、まったく違う話になります。
>これは「理性」の問題で、情緒とは関係ありません。
言葉と情緒、そして理性など、人間の心(精神)と言葉はつながっていると考えます。
子供を育ててきた一人の母親として、自分で体験し、そう思いました。
子供が言葉を話し出し、言葉をどんどん覚え・・「言葉」というものには、
不思議なパワーがあり、「言霊」があるんだな・・と感じた事は、
一度だけではありません。
これは、小さな子供を育てた経験のある方なら、わかっていただけると思います。
新しく出来た言葉には、あとから出来ただけに、考えられた要素があるのかもしれませんが、失われているものの方が多いと、私は思います。
昔の人たちは、現在の私たちには無かった能力を持っていたといいます。正しくは、私たちも持っているのですが、社会が便利になり、その能力を忘れてしまった・・。
自然と一体だった頃の人たちが考えた言葉には、単なる「言葉」というのだけではない、なにかの力が備わっていると思います。
人間が考え出した程度の言葉では、到底かなわないものが、そこにはあります。
先に、あなたが述べられた、方言云々などというレベルの問題ではないのです。
(方言の例もよくわかりませんでした。方言が違っても日本語は日本語ですから。私は幼少より、両親の転勤で転々としてきましたが、方言により、心が伝わらないなどと言う事は、一度もありませんでした)
あなたのご意見は、とてもご立派だとは思いますが、
私の思う感覚と、あなたの感覚が違うので、
あなたの意見に沿うような、意見を私は持つ事ができないのですが。
私は、「言葉」をただ人間が使う「語学」という風には、捉えておりません。
自然の叡智につながり、人の生命や精神にも関わる、神聖なものと考えています。
あなたの理屈で私を言い負かす事ができたとしても、
私の心の中の「言葉」に対する思いまで、変える事はできませんよ。
これは メッセージ 27873 (red_mangou さん)への返信です.
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