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投稿者: netcitizenmaster 投稿日時: 2002/11/10 02:26 投稿番号: [2355 / 230347]
>sadaさん、
>止まってるようなので口出します。
発言を止めている訳ではありませんよ。
いくつかの各論が登場していたので、それらの結末を見てみたいと思っていたわけです。
uuminさんの民族意識であれ、minamiさんの発言や、aoiparrotさんの話は
地方参政権の問題とも無関係ではりません。
未来を考える上で、すべて同一の方向性を持っているわけで、議論の流れを見ていただけです。
まずは、その個別テーマについて、レスしましょう。
>uuminさん、ahirutousagi2さん
【「舌足らずで申し訳ないですが、愚になりながら交流を深めることです。私たちは今までものわかりが良すぎた。一知半解。聞きかじりの知識で、生半な同情をして、口当たりの良い言葉で表面的なつきあいを求めていた。そうは考えられませんか?
・・・真の他者との交流というのは、相手を変え己を変え
るところに意義があるはずです(ちょっと大上段に構えた物言いですが…笑) 】
民族意識についての意見として、私も同感します。
現在の私のスタンスでもありますが、「真の他者との交流というのは、相手を変え己を変えるところに意義がある」と考えています。
そして、このように私は意見を付け加えたいと思います。
過去50年以上にわたり日本と韓国は、双方がやり方を間違え続けてきた。
分かり合えるはずがない、実は、そこが現時点の出発点であるべきなのです。
ただ、言語の壁・過去精算などの諸問題への各論に固執している今の現状では、真に正しく軌道修正することが必要でありつつも、それらを方針転換できる人材(=架け橋を作れる人)が欠けているのが現在のそのものずばりの問題なのです。
私はこういった人材を在日韓国人・韓国本土人・日本人の中から、とりわけ戦後世代の3世以後に、育てていきたいと兼ね日頃考えてきました。このトピにおいても、機会がある都度、私はその点を強調しています。
>minamiさん
【「先日、民族学校の元先生(年輩)と話していたら
「これからは、日本人に合わしていかないかん」って言ってました。
あなたの言う、受け入れられる努力が必要と同じことですよね】
民団等の韓国関係の諸団体もこのスタンスが今の主流だと思いますが、「相手に合わせること」、すなわち「韓国人が日本人と共生する」はステップであり、最終ゴールとはなりません。
国家・国家の関係は常ならず相互に発展することが望まれ、メリットのない国家間の交流は所詮は互いを知るに留まり、相互にWIN-WINな間柄とはいえないのです。
個人間において真の友情が互いにとっての成長を望む間柄であることが理想であるように、共生によって民族が”統合”した状態では、何もいい事を生み出すことにはつながりません。つまるところ、メリットを生み出さないからです。
あいつとつきあって良かったと思えない友達と仲良くはできないように、うわべの友好は薄氷の上でスケートをしているようなものです。
私はあえて、在日韓国人の生き方は同じ日本という舞台の上で、日本との"共生"でなく"競生"の間柄であること、すなわち相互にメリットを生み出す相手方同士でなければならないと思っています。
また、在日韓国人にとって、友好の最終ゴールは何だったのでしょうか、今一度考えるのに今の時勢は適切な時期とも思います。捨てるものを捨て作るものを作ることが今なら容易であるからです。後継者は次第にそだちつつあるのです。
我々の3世世代はそういう時代が要請される過渡期であり、1世・2世と異なり、新しい世代を今度こそ正しく導く責任があるのです。
>aoiparrotさん、
【地方参政権の問題を出来るだけ人権問題という観念と切り離してみたいのです。
国に話を戻すと、地方参政権付与によって、在日外国人がどこまで介入することになるのでしょうか。】
地方参政権の問題は人権問題と切り離せないと思います。
地方参政権でどのような境界線を引くかは、日本側だと思います。
要請は外国人側であったにせよ、人権の後ろ盾は主権国家であり日本の人権は日本が後ろ盾する以上、決定は日本が行うことが最も適切であり当然の帰結だと思います。
相互主義は、日本側の一つの要求であり、韓国側が日本側の提示した境界線と同等の条件を満たせない限り、相互主義による地方参政権について日本が認める必要もないでしょう。
ただ、現実の話で、地方参政権は広く法制面での平等も含めて検討されるべき問題でしょう。先の拷問などの問題などを考慮すると、憲法及び基本法での対等関係も含めて、相互主義の相手方として適切でなければならないと思います。
>止まってるようなので口出します。
発言を止めている訳ではありませんよ。
いくつかの各論が登場していたので、それらの結末を見てみたいと思っていたわけです。
uuminさんの民族意識であれ、minamiさんの発言や、aoiparrotさんの話は
地方参政権の問題とも無関係ではりません。
未来を考える上で、すべて同一の方向性を持っているわけで、議論の流れを見ていただけです。
まずは、その個別テーマについて、レスしましょう。
>uuminさん、ahirutousagi2さん
【「舌足らずで申し訳ないですが、愚になりながら交流を深めることです。私たちは今までものわかりが良すぎた。一知半解。聞きかじりの知識で、生半な同情をして、口当たりの良い言葉で表面的なつきあいを求めていた。そうは考えられませんか?
・・・真の他者との交流というのは、相手を変え己を変え
るところに意義があるはずです(ちょっと大上段に構えた物言いですが…笑) 】
民族意識についての意見として、私も同感します。
現在の私のスタンスでもありますが、「真の他者との交流というのは、相手を変え己を変えるところに意義がある」と考えています。
そして、このように私は意見を付け加えたいと思います。
過去50年以上にわたり日本と韓国は、双方がやり方を間違え続けてきた。
分かり合えるはずがない、実は、そこが現時点の出発点であるべきなのです。
ただ、言語の壁・過去精算などの諸問題への各論に固執している今の現状では、真に正しく軌道修正することが必要でありつつも、それらを方針転換できる人材(=架け橋を作れる人)が欠けているのが現在のそのものずばりの問題なのです。
私はこういった人材を在日韓国人・韓国本土人・日本人の中から、とりわけ戦後世代の3世以後に、育てていきたいと兼ね日頃考えてきました。このトピにおいても、機会がある都度、私はその点を強調しています。
>minamiさん
【「先日、民族学校の元先生(年輩)と話していたら
「これからは、日本人に合わしていかないかん」って言ってました。
あなたの言う、受け入れられる努力が必要と同じことですよね】
民団等の韓国関係の諸団体もこのスタンスが今の主流だと思いますが、「相手に合わせること」、すなわち「韓国人が日本人と共生する」はステップであり、最終ゴールとはなりません。
国家・国家の関係は常ならず相互に発展することが望まれ、メリットのない国家間の交流は所詮は互いを知るに留まり、相互にWIN-WINな間柄とはいえないのです。
個人間において真の友情が互いにとっての成長を望む間柄であることが理想であるように、共生によって民族が”統合”した状態では、何もいい事を生み出すことにはつながりません。つまるところ、メリットを生み出さないからです。
あいつとつきあって良かったと思えない友達と仲良くはできないように、うわべの友好は薄氷の上でスケートをしているようなものです。
私はあえて、在日韓国人の生き方は同じ日本という舞台の上で、日本との"共生"でなく"競生"の間柄であること、すなわち相互にメリットを生み出す相手方同士でなければならないと思っています。
また、在日韓国人にとって、友好の最終ゴールは何だったのでしょうか、今一度考えるのに今の時勢は適切な時期とも思います。捨てるものを捨て作るものを作ることが今なら容易であるからです。後継者は次第にそだちつつあるのです。
我々の3世世代はそういう時代が要請される過渡期であり、1世・2世と異なり、新しい世代を今度こそ正しく導く責任があるのです。
>aoiparrotさん、
【地方参政権の問題を出来るだけ人権問題という観念と切り離してみたいのです。
国に話を戻すと、地方参政権付与によって、在日外国人がどこまで介入することになるのでしょうか。】
地方参政権の問題は人権問題と切り離せないと思います。
地方参政権でどのような境界線を引くかは、日本側だと思います。
要請は外国人側であったにせよ、人権の後ろ盾は主権国家であり日本の人権は日本が後ろ盾する以上、決定は日本が行うことが最も適切であり当然の帰結だと思います。
相互主義は、日本側の一つの要求であり、韓国側が日本側の提示した境界線と同等の条件を満たせない限り、相互主義による地方参政権について日本が認める必要もないでしょう。
ただ、現実の話で、地方参政権は広く法制面での平等も含めて検討されるべき問題でしょう。先の拷問などの問題などを考慮すると、憲法及び基本法での対等関係も含めて、相互主義の相手方として適切でなければならないと思います。
これは メッセージ 2339 (aoiparrot01 さん)への返信です.
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