民族意識2
投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/11/08 10:56 投稿番号: [2331 / 230347]
韓民族の民族意識を支える最大のものが被侵略の民族的悲劇の記憶であるという仮説は、かなりもっとも
らしいものに思えます(反論などありましたら、どなたかお教えください)。これは、タイプとしてはユダヤ
人たちの意識に通じるものでありましょう。ユダヤ人である定義は、母親がユダヤ人であり、ユダヤ教を信奉
するということ、だと聞いたことがありますが、ご存知のように彼らは長くヨーロッパにおいて差別されてき
た人々です。嘆かわしいことですが、差別されれば差別されるだけ、彼らの民族意識的なものは強化されたで
しょうし、彼らの亡国という民族的悲劇は強く想起されたのではないかと想像されます。シオニズム運動は、
その端的な表われではなかったでしょうか? そして、結果的に彼らは自らの国(イスラエル)を手にします。
傍目では、何百年も他の人々が住み着いていた地を「自分たちのものだ」と無理やり乗っ取って、しかも先
住者を追い出そうとするなど、全く信じられない行為でもあるわけですが、彼らにしてみれば、どこか未だに
「自分たちは被害者なんだ」という意識が潜んでいるかのように見える点も多々あります。この不思議さも、
彼らが民族アイデンティティーを「悲劇」という観念でまとめていると考えれば、了解できる面があるのでは
ないでしょうか?
民族的悲劇の伝承の中でも「亡国」というモチーフは最も強く人々に訴えかけるものの一つではないかと思
います。そして韓民族の亡国を為した当事者は誰かという話になりますと、それは日本であるということに
なります。つまり「日本に対する恨み」を記憶し続けることこそが、民族的結束を高めることになっている、
そのため韓国でも北朝鮮でも「反日」が手段として用いられるのではないかと、こう推測できます。
アメリカやカナダへ移住する韓国人が非常に多いということは、朝鮮日報の記事などを見ましても、かなり
しばしば聞くことでもあります。そして彼らが例えばアメリカへ帰化するとしても、ほとんどこだわり無く彼
の国に忠誠を誓って国籍を変えるというようなことも。(ここらへんにつきましては、実はまだまだデータに
よる検証は必要かと思っています。とりあえずこれを事実として話を続けさせていただきます)
日本への帰化が困難なのは、この話の流れからすると「民族的悲劇」の記憶の維持と相反するものだから、
ということになるでしょう。通常は、国籍を変えても「民族的アイデンティティー」の維持にはたいして問題
が無いとも言えるのですが(つまり韓国系アメリカ人として生きても、韓民族意識は容易に維持できるという
こと)、こと日本への帰化、あるいは日本への同化は、まさに「歴史意識」の根幹に関わってくる問題だから
こそ「アイデンティティークライシス」を導きかねないということです。
昔の在日の方の日本帰化は、それこそ名も変え、もうキムチは二度と口にしないという悲壮な決意の下に
なされたとうかがいました。これは、韓国系日本人という在り方が矛盾をはらんでいたから、日本への帰化は
そのまま「完全に日本人化すること」で、民族意識の放棄につながるようなことだったからではないでしょうか?
とすれば、民族教育とはとりもなおさず「反日の記憶」の維持であるということになりましょうか。他に言語
や文化の継承とか様々な面はありますが、最も核になるのは「歴史教育」であり、それによって日本を断罪し
続けることこそが結束力を高め、「民族」を維持するポイントになる…そういうことに。
こういう構図があると考えれば、いくつかの疑問も解消されます。なぜ本土の方が在日よりも民族意識が高い
などということがあるのか? それは本国での「歴史教育」が民族意識を高め、むしろそれが少ない在日の方が
現実的な日本を見ているから、対日本感情という点で作られている民族の悲劇の意識という面で本土の方が上で
あるためだから。なぜ韓国はいくらデータを見せられても、日本による支配は極悪非道で一顧だにする余地が
ないという考えに「固着」するのか、とか、なぜ侮日がいつまでたってもなくならないのか、とか…いろいろ
これで説明がつくはずです。
ところが、話は実はここで終われないのです。上の話にも一抹の真実があるとは思いますが、実はそれだけで
終わらない側面も見なければなりません。
単に上のような話で終わってしまえば、韓国・朝鮮にとって日本は「永遠の敵」でなければならず、それゆえ
どこまでも友好的共存は求め得ない、というスタティックな構図が残るのみです。
希望はあると思います。
らしいものに思えます(反論などありましたら、どなたかお教えください)。これは、タイプとしてはユダヤ
人たちの意識に通じるものでありましょう。ユダヤ人である定義は、母親がユダヤ人であり、ユダヤ教を信奉
するということ、だと聞いたことがありますが、ご存知のように彼らは長くヨーロッパにおいて差別されてき
た人々です。嘆かわしいことですが、差別されれば差別されるだけ、彼らの民族意識的なものは強化されたで
しょうし、彼らの亡国という民族的悲劇は強く想起されたのではないかと想像されます。シオニズム運動は、
その端的な表われではなかったでしょうか? そして、結果的に彼らは自らの国(イスラエル)を手にします。
傍目では、何百年も他の人々が住み着いていた地を「自分たちのものだ」と無理やり乗っ取って、しかも先
住者を追い出そうとするなど、全く信じられない行為でもあるわけですが、彼らにしてみれば、どこか未だに
「自分たちは被害者なんだ」という意識が潜んでいるかのように見える点も多々あります。この不思議さも、
彼らが民族アイデンティティーを「悲劇」という観念でまとめていると考えれば、了解できる面があるのでは
ないでしょうか?
民族的悲劇の伝承の中でも「亡国」というモチーフは最も強く人々に訴えかけるものの一つではないかと思
います。そして韓民族の亡国を為した当事者は誰かという話になりますと、それは日本であるということに
なります。つまり「日本に対する恨み」を記憶し続けることこそが、民族的結束を高めることになっている、
そのため韓国でも北朝鮮でも「反日」が手段として用いられるのではないかと、こう推測できます。
アメリカやカナダへ移住する韓国人が非常に多いということは、朝鮮日報の記事などを見ましても、かなり
しばしば聞くことでもあります。そして彼らが例えばアメリカへ帰化するとしても、ほとんどこだわり無く彼
の国に忠誠を誓って国籍を変えるというようなことも。(ここらへんにつきましては、実はまだまだデータに
よる検証は必要かと思っています。とりあえずこれを事実として話を続けさせていただきます)
日本への帰化が困難なのは、この話の流れからすると「民族的悲劇」の記憶の維持と相反するものだから、
ということになるでしょう。通常は、国籍を変えても「民族的アイデンティティー」の維持にはたいして問題
が無いとも言えるのですが(つまり韓国系アメリカ人として生きても、韓民族意識は容易に維持できるという
こと)、こと日本への帰化、あるいは日本への同化は、まさに「歴史意識」の根幹に関わってくる問題だから
こそ「アイデンティティークライシス」を導きかねないということです。
昔の在日の方の日本帰化は、それこそ名も変え、もうキムチは二度と口にしないという悲壮な決意の下に
なされたとうかがいました。これは、韓国系日本人という在り方が矛盾をはらんでいたから、日本への帰化は
そのまま「完全に日本人化すること」で、民族意識の放棄につながるようなことだったからではないでしょうか?
とすれば、民族教育とはとりもなおさず「反日の記憶」の維持であるということになりましょうか。他に言語
や文化の継承とか様々な面はありますが、最も核になるのは「歴史教育」であり、それによって日本を断罪し
続けることこそが結束力を高め、「民族」を維持するポイントになる…そういうことに。
こういう構図があると考えれば、いくつかの疑問も解消されます。なぜ本土の方が在日よりも民族意識が高い
などということがあるのか? それは本国での「歴史教育」が民族意識を高め、むしろそれが少ない在日の方が
現実的な日本を見ているから、対日本感情という点で作られている民族の悲劇の意識という面で本土の方が上で
あるためだから。なぜ韓国はいくらデータを見せられても、日本による支配は極悪非道で一顧だにする余地が
ないという考えに「固着」するのか、とか、なぜ侮日がいつまでたってもなくならないのか、とか…いろいろ
これで説明がつくはずです。
ところが、話は実はここで終われないのです。上の話にも一抹の真実があるとは思いますが、実はそれだけで
終わらない側面も見なければなりません。
単に上のような話で終わってしまえば、韓国・朝鮮にとって日本は「永遠の敵」でなければならず、それゆえ
どこまでも友好的共存は求め得ない、というスタティックな構図が残るのみです。
希望はあると思います。
これは メッセージ 2330 (uumin3 さん)への返信です.
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