■倭人の活動 高句麗・百済・新羅神話
投稿者: okidokinoa 投稿日時: 2012/06/09 14:10 投稿番号: [215432 / 230347]
広開土王碑(高句麗)
*367年・・・百済が倭国に使者を送る。
*369年・・・高句麗が百済を進撃。高句麗大敗。
援軍として倭国が参加している可能性大。
*369年・・・倭国が新羅を攻撃。
大勝して朝鮮半島南半分を支配下に置く。
*377年・・・高句麗と新羅が
中国(前秦)に倭国から攻撃守ることを懇願。
*391年・・・百済と新羅が倭国に降伏。
*399年・・・百済は誓いを破って倭国と和平。
新羅の使者がやってきて倭人がやってきて
新羅王を臣下にしてしまったので助けてと懇願。
*400年・・・高句麗は5万の大軍を新羅の都に送り援護。
倭国は撤退。高句麗軍は任那や加羅へ進軍してきたが
安羅国軍(倭人)が裏をついて新羅の都を占領。
百済本紀
*397年夏5月・・・百済王は倭と友好を結び太子の典支(てんし)
を人質に出す。
*402年5月・・・倭に使者を派遣し大きな珠を求めた。
*403年春2月・・・倭国から使者がやってきたので、
王は超低姿勢で彼を迎え慰労し厚く遇した。
*405年・・・太子の典支(てんし)が倭国で父王の死の知らせを
聞き、帰国を請う。兵士100人をつけて送り帰した。
*418年夏・・・倭国に白綿10反を貢いだ。
*428年・・・倭国の使者が50人も随行員を連れてやってきた。
隋書
倭人伝
新羅は倭国に対して、うやうやしいほど使者を出していた。
耽羅国(済州島)建国神話
先住狩猟民の3兄弟が
日本から渡来して農耕・家畜をもたらした3王女と結婚して
国の始めとなった。
新羅王家(昔家)の神話
倭国の東北一千里のタバナ国(丹波国か?)で、王妃が卵を産み落とした。
王は不詳であるとして、卵を宝の箱に詰めて海に流した。
箱は伽耶を経て辰韓に流れ着いた。
新羅王家(朴家)の神話
倭人が腰にヒョウタンをつけて海を渡り、新羅に来て、瓠公(ホコ)と呼ばれた。彼は、初代王の赫居世(朴氏祖)〜四代王の昔脱解(昔氏)まで、建国の重臣として活躍した。
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