>在日韓国人の地方参政権 (論点)
投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/10/16 09:55 投稿番号: [1901 / 230347]
netcitizenさんの提議をいただき、私なりに整理して考えてみましたが、基本的に次の3点のこと
(付随する点が2点)を論点として挙げることができると思います。
1 自分らしさ(アイデンティティー)の淵源としての「民族」は「日本国籍」と対立するか
2 歴史的経緯の確認 在日がいまある情況はひとえに日本国政府の責任とすることができるか
2´本国(大韓民国)との関わりを考えずにこの問題を扱っているのではないか
3 参政権獲得運動は人権問題なのか
3´他国の情況との比較に問題はないのか
まず1についてですが、ご紹介いただいたサイトの「はじめに」では、
> 自分らしさのひとつである「民族」を素直に受け止め、堂々とこの日本社会で生きていくのか、それ
> とも自分たちの歴史や出自を否定し、身も心も日本人として生きていくのか。
とあるように、明確に「民族」アイデンティティーが「日本国籍」と対立すると見なされています。
これは唯一正当な考え方でしょうか?民族とはなにかという大きな問題にもここでぶつかるかと思います。
また、一般的に日本以外の韓国人僑胞はこの問題をどう扱っているでしょう?(端的に言えば在米韓国
人や在加韓国人、在中韓国人等々の抱える問題としてはいかがかという問いです)これが対日本における
独自の問いなのか、それとももっと一般的な問いなのか、現時点の私見ではどうも前者に見えて仕方あり
ません。すなわちそれは、日韓の歴史的問題に関わって考えられているのではないかと思えるのです。
そこで2の論点が深く関わってきます。先のサイトの「Q&A」では、
>私たちは、日本の侵略戦争によって日本への居住を余儀なくされた人々とその子孫
であり
>法務省の一片の通達によって、日本国籍を喪失し、完全に外国人となった
という表現がなされ、「在日韓国人」の歴史的特殊性がうたわれていますが、この歴史的情況の確認こそが
我々にもとりあえずなし得る一つの行動かと思います。
また、全般に歴史的経緯の説明されているところを見た感想として、驚くほど大韓民国との関連が語られて
いないことに気付かされました。本国との関わりを無視してこの問題を語る「在日」の人は、果たして正当な
問題理解をしているのか疑問に思います。(1994年になって、民団の名称から「居留」を削除して定住の姿勢
を明確にした旨の記述も「経緯」の所にありましたが、この一事を持ってしても、本国との関係の経緯や自ら
の姿勢を問う態度は必要なのではないでしょうか)ということで2´の論点を添えました。
さて3についてです。サイトの「地方参政権を支持する法学的根拠」の部分(私は多くの詭弁的表現がある
と感じましたが、それは置いておいて)には、次のような表現がありました。
> 人間が人間である以上当然持つ権利」に、なにゆえに国籍が問題になるのだという疑問
ここでは当たり前のように地方参政権の問題を普遍的な人権の次元で語ろうとしていますが、ここに妥当性
はあるのかという点については、大いに問われるべきだと思います。(つまりここの表現を借りますと、「入
国の自由(外国人の入国を認めるか認めないかは日本政府の判断が必要)、生存権などの社会権(外国人の社
会権の保障は、その外国人の母国の責任)、参政権(「国民主権」原理による)など」の「外国人には保障され
ない権利」を定めておくことが、普遍的な人権問題ということができるのかという疑問です)
そして付随して、諸外国ではどうだEUではどうだという論調が全体に見られますが、これはさんざん戦後
の社会運動等の中で用いられてきた論法に見受けられますが、恣意的に比較する国々を持ってきたとしても、
それこそ歴史的経緯とかその他の情況が一致しない国(国情)との比較にどんな意味があるか、というところ
を私は常々考えてきました。それでここにその問題を3´に挙げさせていただきました。
以上の論点で絞って議論できるように思いますが、皆様のご意見はいかがでしょうか?
(付随する点が2点)を論点として挙げることができると思います。
1 自分らしさ(アイデンティティー)の淵源としての「民族」は「日本国籍」と対立するか
2 歴史的経緯の確認 在日がいまある情況はひとえに日本国政府の責任とすることができるか
2´本国(大韓民国)との関わりを考えずにこの問題を扱っているのではないか
3 参政権獲得運動は人権問題なのか
3´他国の情況との比較に問題はないのか
まず1についてですが、ご紹介いただいたサイトの「はじめに」では、
> 自分らしさのひとつである「民族」を素直に受け止め、堂々とこの日本社会で生きていくのか、それ
> とも自分たちの歴史や出自を否定し、身も心も日本人として生きていくのか。
とあるように、明確に「民族」アイデンティティーが「日本国籍」と対立すると見なされています。
これは唯一正当な考え方でしょうか?民族とはなにかという大きな問題にもここでぶつかるかと思います。
また、一般的に日本以外の韓国人僑胞はこの問題をどう扱っているでしょう?(端的に言えば在米韓国
人や在加韓国人、在中韓国人等々の抱える問題としてはいかがかという問いです)これが対日本における
独自の問いなのか、それとももっと一般的な問いなのか、現時点の私見ではどうも前者に見えて仕方あり
ません。すなわちそれは、日韓の歴史的問題に関わって考えられているのではないかと思えるのです。
そこで2の論点が深く関わってきます。先のサイトの「Q&A」では、
>私たちは、日本の侵略戦争によって日本への居住を余儀なくされた人々とその子孫
であり
>法務省の一片の通達によって、日本国籍を喪失し、完全に外国人となった
という表現がなされ、「在日韓国人」の歴史的特殊性がうたわれていますが、この歴史的情況の確認こそが
我々にもとりあえずなし得る一つの行動かと思います。
また、全般に歴史的経緯の説明されているところを見た感想として、驚くほど大韓民国との関連が語られて
いないことに気付かされました。本国との関わりを無視してこの問題を語る「在日」の人は、果たして正当な
問題理解をしているのか疑問に思います。(1994年になって、民団の名称から「居留」を削除して定住の姿勢
を明確にした旨の記述も「経緯」の所にありましたが、この一事を持ってしても、本国との関係の経緯や自ら
の姿勢を問う態度は必要なのではないでしょうか)ということで2´の論点を添えました。
さて3についてです。サイトの「地方参政権を支持する法学的根拠」の部分(私は多くの詭弁的表現がある
と感じましたが、それは置いておいて)には、次のような表現がありました。
> 人間が人間である以上当然持つ権利」に、なにゆえに国籍が問題になるのだという疑問
ここでは当たり前のように地方参政権の問題を普遍的な人権の次元で語ろうとしていますが、ここに妥当性
はあるのかという点については、大いに問われるべきだと思います。(つまりここの表現を借りますと、「入
国の自由(外国人の入国を認めるか認めないかは日本政府の判断が必要)、生存権などの社会権(外国人の社
会権の保障は、その外国人の母国の責任)、参政権(「国民主権」原理による)など」の「外国人には保障され
ない権利」を定めておくことが、普遍的な人権問題ということができるのかという疑問です)
そして付随して、諸外国ではどうだEUではどうだという論調が全体に見られますが、これはさんざん戦後
の社会運動等の中で用いられてきた論法に見受けられますが、恣意的に比較する国々を持ってきたとしても、
それこそ歴史的経緯とかその他の情況が一致しない国(国情)との比較にどんな意味があるか、というところ
を私は常々考えてきました。それでここにその問題を3´に挙げさせていただきました。
以上の論点で絞って議論できるように思いますが、皆様のご意見はいかがでしょうか?
これは メッセージ 1900 (netcitizenjp さん)への返信です.
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