うまくいえませんが
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2002/10/13 02:54 投稿番号: [1814 / 230347]
>アジアの他国を「外地・植民地とする相手国」「日本国と同一視して連邦的な観点での共存をする相手国」のどちらをとったか
私はこれは日本に両面性があったのではないかと思っています。そして、そこには葛藤もあり泥沼のような矛盾も抱えていたように思われます。このあたりはうまくいえません。そもそも併合の以前から朝鮮を自主独立させる意志と朝鮮の権益奪取を同時に矛盾を抱えながら行っていたふしがあります。
しかし、大まかには、後者は理想論であり、現実には前者の域を出ることはできなかったように思われます。日本語による統治、総督府政治、それは受ける側にとっては「支配」以外の何ものでもありません。私が考えるにはかの国の人々はどこまでも朝鮮人であって日本人ではありませんでした。
それは日本の側からしっかりと意識されていたし、朝鮮人にもその違いが意識されていたと思います。法的には異法地域でそのあたりは専門的な検討が必要でしょうが単なる意識的な側面、生活的な側面においてすでにそうでした。
>「外地・植民地とする相手国」である場合、日本の侵略は宗主権の喪失だけでなく、朝鮮半島にておこなったすべての行為を放棄することは当然となるわけで、そのことについて日本が韓国におこなった過去の経緯について、韓国人に感謝しろともいえないわけでしょう。
私はどの掲示板においても一貫して韓国人に感謝しろなどという態度はとっていません。よく近代化は日本のおかげだと言われますが、そんなものは日本が勝手に置いていった物で、感謝する必要はない、また日本人がそんなことをいうのも卑しいことにすぎないと言い続けて来ました。今もその考えに変わりはありません。
>反面、「日本国と同一視して連邦的な観点での共存をする相手国」であれば、それは被支配国からみれば、2つの国になってからも友好的な関係をもてる相手としてつきあっていけると思います。
理念を部分的には理解して共有できる可能性はなくはないかもしれませんが、そこにあったのが日本語生活、日本中心の政治、日本式文化の強要(神社参拝や皇民化政策など)、そういうもので「支配」された方からすると、そう簡単には「友好的な関係」にはつながらないかもしれません。
いずれにせよ「感情をどう正していくか」や「関係改善」を望むのであれば、なにより大切なのは可能な限りの歴史資料の検証・検討の蓄積であり、それしか併合時代の共通の理解の道筋を作る方法はないものと思われます。
といっても、私は何でも韓国の側に立っているのではありません。今まで私が掲示板で提示したことは自分で考えて出している考えであって、韓国の側だけをとってはいません。従軍慰安婦の問題などでも私は韓国に批判的です。
韓国の民族史観にも私は不安感を持っており、またそれを土台とした韓国のマスコミや教育の風潮にも危機感を持っています。今、一番望まれるのは、そうした風土が少しでも変化していくことであると思われます。
私はこれは日本に両面性があったのではないかと思っています。そして、そこには葛藤もあり泥沼のような矛盾も抱えていたように思われます。このあたりはうまくいえません。そもそも併合の以前から朝鮮を自主独立させる意志と朝鮮の権益奪取を同時に矛盾を抱えながら行っていたふしがあります。
しかし、大まかには、後者は理想論であり、現実には前者の域を出ることはできなかったように思われます。日本語による統治、総督府政治、それは受ける側にとっては「支配」以外の何ものでもありません。私が考えるにはかの国の人々はどこまでも朝鮮人であって日本人ではありませんでした。
それは日本の側からしっかりと意識されていたし、朝鮮人にもその違いが意識されていたと思います。法的には異法地域でそのあたりは専門的な検討が必要でしょうが単なる意識的な側面、生活的な側面においてすでにそうでした。
>「外地・植民地とする相手国」である場合、日本の侵略は宗主権の喪失だけでなく、朝鮮半島にておこなったすべての行為を放棄することは当然となるわけで、そのことについて日本が韓国におこなった過去の経緯について、韓国人に感謝しろともいえないわけでしょう。
私はどの掲示板においても一貫して韓国人に感謝しろなどという態度はとっていません。よく近代化は日本のおかげだと言われますが、そんなものは日本が勝手に置いていった物で、感謝する必要はない、また日本人がそんなことをいうのも卑しいことにすぎないと言い続けて来ました。今もその考えに変わりはありません。
>反面、「日本国と同一視して連邦的な観点での共存をする相手国」であれば、それは被支配国からみれば、2つの国になってからも友好的な関係をもてる相手としてつきあっていけると思います。
理念を部分的には理解して共有できる可能性はなくはないかもしれませんが、そこにあったのが日本語生活、日本中心の政治、日本式文化の強要(神社参拝や皇民化政策など)、そういうもので「支配」された方からすると、そう簡単には「友好的な関係」にはつながらないかもしれません。
いずれにせよ「感情をどう正していくか」や「関係改善」を望むのであれば、なにより大切なのは可能な限りの歴史資料の検証・検討の蓄積であり、それしか併合時代の共通の理解の道筋を作る方法はないものと思われます。
といっても、私は何でも韓国の側に立っているのではありません。今まで私が掲示板で提示したことは自分で考えて出している考えであって、韓国の側だけをとってはいません。従軍慰安婦の問題などでも私は韓国に批判的です。
韓国の民族史観にも私は不安感を持っており、またそれを土台とした韓国のマスコミや教育の風潮にも危機感を持っています。今、一番望まれるのは、そうした風土が少しでも変化していくことであると思われます。
これは メッセージ 1811 (netcitizenmaster さん)への返信です.
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