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Re: 江戸と李朝とは雲泥の差ということで、

投稿者: run_run72 投稿日時: 2010/11/07 14:43 投稿番号: [179330 / 230347]
>江戸時代には、一般庶民は「公称を許されなかった」即ち、名字を名乗れ無かったのよ。(猛爆)
1870年の平民苗字許容令、1872年の壬申戸籍編纂の二段階によって「氏=姓=苗字=名字」の一元化で、初めて名乗れるようになったのさ。お前の先祖の過去帳でも調べてみればどうかね?
「○○村の権作」とかになってるはずだ。(猛爆)

すまんね。墓石には全て苗字が入っている。
苗字のみならず、字も諱もね。
沖田総司房良って感じ。
生没年も書かれてるもんで、江戸時代から苗字は名乗れたようよ(笑)

上田秋成、井原西鶴・・・武士ではないけど
この名で出版してるんじゃないかな。

>「寛永四年(1627)初版本四巻が出版されて」

>初版本は4部だな。(猛爆)

バカ者!

四巻は、1巻目、2巻目、3巻目、4巻の意味ね。
現に画像データでは、複数の巻に分かれていたでしょ。

さらに、ウソを吐くトピ屑。

>さらに、
「寛永十六年の著、前者が数学の大衆化であったに反し、これは完全な漢文体による法則を述べたものであり、百部しか作られなかったものである。

これは、100部だ。(猛爆)

リンク元はここね。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~yoshi3/sugaku.h.htm

『これと対照的なのは今村知商(いまむら   ともあき)の『竪亥録』である。寛永十六年の著、前者が数学の大衆化であったに反し、これは完全な漢文体による法則を述べたものであり、百部しか作られなかったものである。』

100部しか作られなかったのは、漢文で記載された『竪亥録』のハナシ。

塵劫記に関しては、
『「塵劫記」が一世に歓迎せられるのをみて、利に早い書店は競って吉田光由の許可なくして多くの偽版の塵劫記を出版するに至り、その普及はいよいよ深く、いよいよ広きを加えたのである。その多くは万徳、万宝、富貴等の縁起のよい語を冠して刊行せられた。寛永四年(1627)初版本四巻が出版されてより、偽版、真版共に寛永年間のみで十三種に及び、さらに後世永く種々の塵劫記が刊行されつづけて明治初年にまで続いており、今日知られているものでも約四百種といわれている。』

広く普及した上に偽モノまで出てるとある。

どうして、見え透いたペテン(ウソ)を垂れるのかね?

トピ屑君。

>農業に和算は必要ない。大工も金尺一本で家を建てる。(猛爆)

農地の広さを測ったり、
米の計量にもいるだろう(笑)

金尺一本を扱うためには算数・数学(幾何も含む)の知識もいろうが、
このバカ。

朝鮮の大工はしらんがな。

これから出掛けるんだよ。

下らんメンツを正当化するために、
ウソをついて人の時間をムダに浪費させるな。

誰が呼んだかトピの屑。
ほんと、言いえて妙だぜ。
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