慎太郎、身内に朝鮮人がいるのに。 ④
投稿者: i_am_not_ill 投稿日時: 2010/08/27 20:34 投稿番号: [174559 / 230347]
「焼け跡闇市世代」と「三国人」
言葉はすべて時代性を帯びるが、毒のある慎太郎語録もある世代独特の屈折した精神感情世界を踏まえないと理解しがたい。彼のような「焼け跡闇市世代」には、敗戦直後に頭からシラミ退治のDDTを真っ白にぶっかけた米占領軍と、飢えた日本人相手に闇市で米軍の横流し品などを売りさばく「第三国人」は強烈な記憶として刻まれている。
「三国人」という言葉は直接的には連合軍総司令部(GHQ)が旧植民地の朝鮮半島出身者、台湾出身者らを連合国民でも敵国国民でもない「サード・ネイションズ」(第三国人)と呼んだことに始まるが、敗戦前の日本社会にも同様な視点が存在し、日本人でもなく外国人でもない朝鮮人を「鮮人」とかいって差別し、独立運動を警戒して厳しい取締りの対象にしていた。
新興商船会社の重役の息子であった慎太郎氏には、敗戦で立場が一朝にして逆転し、「鬼畜」米英とともに「三国人」が幅を利かす状況は、「何であいつらが・・・」と到底納得できないものであったろう。日本の戦争責任やアジア侵略への反省が欠けた一種の逆恨みであるが、都知事就任直後に皇居に赴き、「臣、石原慎太郎」と記帳しているように、時計の針が「大日本帝国臣民」で止まってしまっている。
野坂昭如氏のように、敗戦で自由になり人間らしくなったと感じた「焼け跡闇市世代」も少なくない。が、戦前ナショナリズムの洗脳から脱しきれず、戦後憲法秩序と折り合うことができなかった元軍国少年もけっこういたし、いまだにその影を重く引きずっている。慎太郎氏が憲法破棄を主張するのはそのためで、慎太郎氏と懇意で教科書「改革」運動をともにする例の『新しい歴史教科書をつくる会』会長の西尾幹二氏なども「校庭で米軍機に復讐を誓ったことを忘れない」と敗戦コンプレックッスを雑誌で吐露している。
慎太郎氏の感情世界では、朝鮮人と韓国人も区別されていない。「韓国には友人がたくさんいます。今の首相のパク(朴泰俊)さんだって私の友人ですよ」とも語ったが、独りよがりも甚だしい。私はたまたま韓国総選挙の取材のためソウルにいて、夕方のKBSテレビニュースが「国粋的な東京都知事が三国人取締りを自衛隊に訴えた」と伝えるのを聞いたが、翌日の『朝鮮日報』社説では石原氏を「狂信分子」と激烈に批判していた。相手の神経を散々逆撫でしておいて「友人」もないものである。
中国を「シナ」と言うように、北朝鮮を「北鮮」と言い続けているが、韓国も意識の中では「南鮮」であろう。「北鮮」は戦前、戦中世代が聞き慣れた「不逞鮮人」に通じる言葉で、アメリカでいえば「ニグロ」とか「ジャップ」に近い。「三国人」という言葉もそうした脈絡の中で使われているのである。
同病相憐れむ仲
慎太郎氏が他人をことさら傷つける粗暴な言い方を止めようとしないのは、優越感を誇示し、自己のパワーを印象づけるためである。何故朝鮮だとテンションがかくも高まるのか、原因については本人も十分な自覚がないであろう。だが、そうした言葉に溜飲をさげる人々がいることは百も承知し、アピール効果を計算し尽くしている。
停滞する日本経済と対照的に高成長軌道を走る中国や韓国に鬱屈した感情を抱くナショナリスティックな気分が、日本社会で静かに深く拡散している。反北朝鮮感情にも「舐められてたまるか」といった反発がある。石原氏はそうした心情を代弁し、コンプレックスを゛晴らす゛ことで影響力拡大を狙っているのである。
ヤフーなど各ポータルサイトの掲示板には反韓国、反北朝鮮、反中国感情を刺々しく表現した書き込みが溢れているが、歴史認識は軍国主義者のように粗暴で、定番のように「北鮮」「三国人」「シナ」といった慎太郎用語が使われている。若い世代に敗戦で死語と化した差別用語が復活したのは明らかに慎太郎氏の影響であり、現にそれらの書き込みは押しなべて慎太郎支持派である。フランス大統領選では極右のルペン候補が移民排斥を扇動して高失業率や犯罪増加に不安を抱く人々を取り込んで得票を伸ばしたが、さしずめ慎太郎氏は゛日本のルペン゛と言えよう。
言葉はすべて時代性を帯びるが、毒のある慎太郎語録もある世代独特の屈折した精神感情世界を踏まえないと理解しがたい。彼のような「焼け跡闇市世代」には、敗戦直後に頭からシラミ退治のDDTを真っ白にぶっかけた米占領軍と、飢えた日本人相手に闇市で米軍の横流し品などを売りさばく「第三国人」は強烈な記憶として刻まれている。
「三国人」という言葉は直接的には連合軍総司令部(GHQ)が旧植民地の朝鮮半島出身者、台湾出身者らを連合国民でも敵国国民でもない「サード・ネイションズ」(第三国人)と呼んだことに始まるが、敗戦前の日本社会にも同様な視点が存在し、日本人でもなく外国人でもない朝鮮人を「鮮人」とかいって差別し、独立運動を警戒して厳しい取締りの対象にしていた。
新興商船会社の重役の息子であった慎太郎氏には、敗戦で立場が一朝にして逆転し、「鬼畜」米英とともに「三国人」が幅を利かす状況は、「何であいつらが・・・」と到底納得できないものであったろう。日本の戦争責任やアジア侵略への反省が欠けた一種の逆恨みであるが、都知事就任直後に皇居に赴き、「臣、石原慎太郎」と記帳しているように、時計の針が「大日本帝国臣民」で止まってしまっている。
野坂昭如氏のように、敗戦で自由になり人間らしくなったと感じた「焼け跡闇市世代」も少なくない。が、戦前ナショナリズムの洗脳から脱しきれず、戦後憲法秩序と折り合うことができなかった元軍国少年もけっこういたし、いまだにその影を重く引きずっている。慎太郎氏が憲法破棄を主張するのはそのためで、慎太郎氏と懇意で教科書「改革」運動をともにする例の『新しい歴史教科書をつくる会』会長の西尾幹二氏なども「校庭で米軍機に復讐を誓ったことを忘れない」と敗戦コンプレックッスを雑誌で吐露している。
慎太郎氏の感情世界では、朝鮮人と韓国人も区別されていない。「韓国には友人がたくさんいます。今の首相のパク(朴泰俊)さんだって私の友人ですよ」とも語ったが、独りよがりも甚だしい。私はたまたま韓国総選挙の取材のためソウルにいて、夕方のKBSテレビニュースが「国粋的な東京都知事が三国人取締りを自衛隊に訴えた」と伝えるのを聞いたが、翌日の『朝鮮日報』社説では石原氏を「狂信分子」と激烈に批判していた。相手の神経を散々逆撫でしておいて「友人」もないものである。
中国を「シナ」と言うように、北朝鮮を「北鮮」と言い続けているが、韓国も意識の中では「南鮮」であろう。「北鮮」は戦前、戦中世代が聞き慣れた「不逞鮮人」に通じる言葉で、アメリカでいえば「ニグロ」とか「ジャップ」に近い。「三国人」という言葉もそうした脈絡の中で使われているのである。
同病相憐れむ仲
慎太郎氏が他人をことさら傷つける粗暴な言い方を止めようとしないのは、優越感を誇示し、自己のパワーを印象づけるためである。何故朝鮮だとテンションがかくも高まるのか、原因については本人も十分な自覚がないであろう。だが、そうした言葉に溜飲をさげる人々がいることは百も承知し、アピール効果を計算し尽くしている。
停滞する日本経済と対照的に高成長軌道を走る中国や韓国に鬱屈した感情を抱くナショナリスティックな気分が、日本社会で静かに深く拡散している。反北朝鮮感情にも「舐められてたまるか」といった反発がある。石原氏はそうした心情を代弁し、コンプレックスを゛晴らす゛ことで影響力拡大を狙っているのである。
ヤフーなど各ポータルサイトの掲示板には反韓国、反北朝鮮、反中国感情を刺々しく表現した書き込みが溢れているが、歴史認識は軍国主義者のように粗暴で、定番のように「北鮮」「三国人」「シナ」といった慎太郎用語が使われている。若い世代に敗戦で死語と化した差別用語が復活したのは明らかに慎太郎氏の影響であり、現にそれらの書き込みは押しなべて慎太郎支持派である。フランス大統領選では極右のルペン候補が移民排斥を扇動して高失業率や犯罪増加に不安を抱く人々を取り込んで得票を伸ばしたが、さしずめ慎太郎氏は゛日本のルペン゛と言えよう。
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