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慎太郎、身内に朝鮮人がいるのに。  ②

投稿者: i_am_not_ill 投稿日時: 2010/08/27 20:31 投稿番号: [174557 / 230347]
  コンプレックスの二面性

  しかし、゛慎太郎人気゛は幻想である。東京都民を中心とした慎太郎信者は、慎太郎氏を非力な自分らにはない強固な意志を持った゛強い日本人゛としてイメージしているが、゛コンプレックス゛という言葉を一面的、主観的に膨らませて作り上げた事実誤認、乃至は幻想と言うべきである。劣等感にさいなまれブツブツと何事かつぶやくひ弱な人々と、優越感をひけらかす過激な言葉遣いの゛タカ派゛慎太郎氏は、実は上辺だけの違いに過ぎないのである。

  すべては言葉によるイメージ操作であるが、からくりはそれほど複雑ではない。゛コンプレックス゛はもともとはフロイトらが精神分析上の用語として開発したもので、二面性があり、普段の会話に登場する劣等感(インフェリオリティーinferiority   コンプレックス)のみでなく、優越感(シュペリオリティーsuperiority   コンプレックス)も含まれる。つまり、劣等感と優越感は根っこにおいて同類なのである。

  ただ、見た目には、劣等感を持つ者と優越感を持つ者はかなり異なる。両者は互いに異質のタイプと意識し、前者は後者に憧憬の目を向け、反対に後者は前者を見下し、「だらしない、俺を見習え」と檄を飛ばし、従えようとする事が少なくない。その一方では、同類として本質的な垣根がないので、劣等感がひょんなきっかけで優越感に変わるし、その逆もありうる。そうしたことは日常よく見かける光景であるが、それが社会的、政治的現象と化したのが゛小泉人気゛や゛慎太郎人気゛に他ならない。

  とはいえ、コンプレックスは一概に否定されるべきものでもない。むしろ、多様な個性の一部として、社会の発展に寄与する建設的側面がある。コンプレックスをバネに社会的に成功した例を我々は数多く見てきたし、特に芸術の分野では、創造力となって開花したりする。

  古今東西に名を残す文芸作品は、常人にない特異な個性が生み出したものである。慎太郎氏も学生時代に、部屋の中にいる恋人に向かって障子に勃起した陰茎を突き立てた「障子の孔あけ」という当時としては過激な描写の小説『太陽の季節』で゛衝撃のデビュ−゛をし、反モラル的な“太陽族”の元祖となった。

  その慎太郎氏が政治家に転身してからというもの、次第に作家としての原点を忘れ、「最近の若者は・・・」と若い世代のモラルの低下を嘆き、都知事になってから徳目教育の強化を言い出したのは甚だしい自己矛盾である。作品に精彩を欠いているのは偶然ではない。

  コンプレックスが政治と関わるとろくなことがない。変人、奇人は突飛なアイデアが珍重される創作の領域では水をえた魚であるが、リアルな政治の世界では一介のピエロとなり、時として危険人物と化す。゛変人゛の小泉首相にはその意味で当初から無理があり、日本にとっては悲劇(喜劇?)であった。

  さらに、゛超変人゛の慎太郎氏が次期をうかがっているが、いかなる悲劇を演じようとしている
のか。
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