Re: 「三跪九叩頭の礼」のビックリ解釈
投稿者: run_run72 投稿日時: 2010/08/14 23:41 投稿番号: [173345 / 230347]
遅レスです。
盆のスケジュールのダブルヘッダー?(苦笑)の合間で、少々時間がとれました。
>>これは、皇帝だけができる天を祀る儀式でもやったんだろうかね。
天を祀るにあたって、ホンタイジは座を降りた。
仁祖とその諸子は天を拝した、
禮が終って、ホンタイジは、席にお還りになられた。
ああ。この解釈は確かに不自然ですね(苦笑)
>帝降坐,率(イ宗=仁祖)及其諸子拜天。禮畢,帝還坐,(イ宗)率其屬伏地請罪,宣詔赦之
>「帝は座を降り、仁祖と仁祖が率いた諸子は天(帝)を拝す。礼が終わり、帝が座に戻ると、仁祖は率いた者どもと共に知に伏せ罪の許しを請い、これを許された。」
>と言ったところかと。
>三跪九叩頭の礼は、あくまで臣下の礼であって、許しを請う際に行う物ではありません。
>清史稿では、当然行われるべき三跪九叩頭の礼を単に礼と記し、朝鮮王朝実録では、屈辱から、仁宗が三跪九叩頭の礼をとったと記述しただけでしょうね。
・・・・・
清史稿
列傳三百十三
屬國一
朝鮮 琉球
倧以孤城窮蹙,妻子被俘,八道兵皆崩潰離散,宗社垂絕,乃頓首受命。庚午,從數十騎朝服出降。二月,築壇漢江東岸三田渡,設黃幄,帝陳儀衛渡江,登壇作樂,將士擐甲肅列。倧率其群臣離南漢山五里許步行,令英俄爾岱、馬福塔迎於一里外,引至儀仗下立。帝降坐,率倧及其諸子拜天。禮畢,帝還坐,倧率其屬伏地請罪,宣詔赦之,令坐壇下左側西向,位諸王上。賜宴畢,還其君臣家屬,盡召回諸道兵,振旅而西。詔以朝鮮新被兵,先免丁丑、戊寅兩年貢物,以己卯年秋為始,如力有不逮,臨時定奪。朝鮮臣民樹碑頌紱於三田渡壇下。
トピ屑くんが、引用した
「帝降坐,率倧及其諸子拜天。禮畢,帝還坐,倧率其屬伏地請罪,宣詔赦之,」だけでは、状況がよくわかりませんでしたが、
前後を読むと、asianroboさんの解釈が自然ですね。
ま、ワタシ、人前で漢文読み下すのって、ここの掲示板でたまーに
やってますけど、
高校の定期&実力試験の答案以来(入試でもやったかもしれませんが
覚えてません・・苦笑)
つまり、採点者以外は披露していないわけで(苦笑)
自分でもいささか変だとは思いつつも、眠たいし、やっつけで。
蛮勇をふるってみたところ、馬脚があらわれましたね・・(笑)。
ご教示ありがとうございました。
これは メッセージ 173006 (asianrobo さん)への返信です.
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