Re: 「三跪九叩頭の礼」のビックリ解釈
投稿者: run_run72 投稿日時: 2010/08/10 21:41 投稿番号: [172939 / 230347]
>>>朝鮮語の漢文は、日本語と同じように左から右に読むのよ。(猛爆)
>>はあ?朝鮮語の漢文は、明や清の漢文とは別物なのか?(笑)
>万葉集と同じ。そのまま読むのよ。(猛爆)
何を言ってんだか(笑) 朝鮮語に限らず、
あらゆる言語(おそらく)は、それを日常使用している人間は、
そのまま読んでいるだろうね。語順どおり(笑)
で、本題だ。
ますます支離滅裂、自爆、自縛、猛爆を自分自身を標的にやってんじゃないか(大笑)
>で、正月30日に和議受け入れ確認の使者として龍胡出傳汗が来て、
ありゃりゃ、「龍胡出傳汗」って人名にしちゃった(大笑)
凄いな・・
原文を見よう。
『龍胡入報出伝汗言曰前日之事欲言則長矣。』
『「龍胡」入報「出伝汗」言曰前日之事欲言則長矣。』
(「」はrun_run72が入れた)
「龍胡」と「出伝汗」をくっつけて人名にしちゃったのね(大笑)
凄いペテンじゃん。
龍胡入りて報じ、出でて汗の言を伝う。曰く、前日之事・・・
つまり、龍胡は、入って(仁祖が来たことを報じ)
出でて、汗の言を伝う。(汗とは、突厥やモンゴルの大首長をさす。
従ってホンタイジのこと)
龍胡は、仁祖が来たことを報告し、
出てきて、ホンタイジの言葉を仁祖に伝えたんだよ。
曰く・・の後はホンタイジの言葉。
ホンタイジ(皇帝)の言葉を伝えて、
降ってきた仁祖に対して叩頭する?
ありえないシチュエーション(大笑)
そんなバカなことするわけないし、もししたら龍胡、誅殺もんだぞ(大笑)
>で、正月30日に和議受け入れ確認の使者として龍胡出傳汗が来て、
来てない。
下馬して龍胡の前に行ったのは仁祖。
上歩至陣前龍胡等留上於陣門東 と、さっきの文も前にあるだろ。
上(仁祖)歩いて龍胡等の陣前に至り、上(仁祖)陣門の東に留まる。
仁祖実録 仁祖15(1637)年1月30日(庚午)
龍馬両胡来城外趣上出城。上着藍染衣乗白馬尽去儀仗率侍従五十余人由西門出城王世子従焉。百官落後者立於西門内搥胸哭踊。上下山班荊而坐。俄而清兵被甲者数百騎馳来。上曰此何為者耶。都承旨李景稷対曰此似我国之所謂迎逢者也。良久龍胡等至。上離坐迎之行再揖礼分東西而坐。龍胡等致慰上答曰今日之事専恃皇帝之言与両大人之宣力矣。龍胡曰今而後両国為一家有何憂哉。日已晩矣請速去。遂馳馬前導。上只率三公及判書承旨各五人翰注各一人世子率侍講院翊衛司諸官隨詣三田渡。望見汗張黄屋而坐甲冑而帯弓剣者為方陣而擁立左右張楽鼓吹略倣華制。上歩至陣前龍胡等留上於陣門東。龍胡入報出伝汗言曰前日之事欲言則長矣。今能勇決而来深用喜幸。上答曰天恩罔極。龍胡等引入設席於壇下北面請上就席使清人臚唱。上行三拜九叩頭礼。
>龍胡出傳汗は、正式に和議の成立させた功臣になるわけだから、仁祖に感謝の三拜九叩頭禮をするさ。(猛爆)
「だから」の前後が論理的につながらんな(大笑)。
功臣だからホンタイジのお覚えめでたかったとかならわかるが、
なんで、降伏したものに拝礼するわけ(大笑)
>で、
>清史稿
キミが必死に根拠とし、日付が違うっていいつのる
清史稿って、成立が、辛亥革命以後らしいじゃないか(大笑)
同時代の朝鮮王朝の記録よりもそっちが日付も内容も正確なんか?(大笑)
しかも、
>言っとくが、朝鮮王朝実録の記述は、治世の悪かった王は、ぼろくそに書いてあるので有名だからね。(猛爆)
ふーん。朝鮮王朝実録の記述はデタラメで信じるに値しないと?
治世の悪かった王に関してはしてもいない、三跪九叩頭の礼までしたと
捏造された・・と(大笑)
じゃ、キミ、2度と朝鮮王朝の記録は引いてくるな(大笑)
終ったな・・・。
>>はあ?朝鮮語の漢文は、明や清の漢文とは別物なのか?(笑)
>万葉集と同じ。そのまま読むのよ。(猛爆)
何を言ってんだか(笑) 朝鮮語に限らず、
あらゆる言語(おそらく)は、それを日常使用している人間は、
そのまま読んでいるだろうね。語順どおり(笑)
で、本題だ。
ますます支離滅裂、自爆、自縛、猛爆を自分自身を標的にやってんじゃないか(大笑)
>で、正月30日に和議受け入れ確認の使者として龍胡出傳汗が来て、
ありゃりゃ、「龍胡出傳汗」って人名にしちゃった(大笑)
凄いな・・
原文を見よう。
『龍胡入報出伝汗言曰前日之事欲言則長矣。』
『「龍胡」入報「出伝汗」言曰前日之事欲言則長矣。』
(「」はrun_run72が入れた)
「龍胡」と「出伝汗」をくっつけて人名にしちゃったのね(大笑)
凄いペテンじゃん。
龍胡入りて報じ、出でて汗の言を伝う。曰く、前日之事・・・
つまり、龍胡は、入って(仁祖が来たことを報じ)
出でて、汗の言を伝う。(汗とは、突厥やモンゴルの大首長をさす。
従ってホンタイジのこと)
龍胡は、仁祖が来たことを報告し、
出てきて、ホンタイジの言葉を仁祖に伝えたんだよ。
曰く・・の後はホンタイジの言葉。
ホンタイジ(皇帝)の言葉を伝えて、
降ってきた仁祖に対して叩頭する?
ありえないシチュエーション(大笑)
そんなバカなことするわけないし、もししたら龍胡、誅殺もんだぞ(大笑)
>で、正月30日に和議受け入れ確認の使者として龍胡出傳汗が来て、
来てない。
下馬して龍胡の前に行ったのは仁祖。
上歩至陣前龍胡等留上於陣門東 と、さっきの文も前にあるだろ。
上(仁祖)歩いて龍胡等の陣前に至り、上(仁祖)陣門の東に留まる。
仁祖実録 仁祖15(1637)年1月30日(庚午)
龍馬両胡来城外趣上出城。上着藍染衣乗白馬尽去儀仗率侍従五十余人由西門出城王世子従焉。百官落後者立於西門内搥胸哭踊。上下山班荊而坐。俄而清兵被甲者数百騎馳来。上曰此何為者耶。都承旨李景稷対曰此似我国之所謂迎逢者也。良久龍胡等至。上離坐迎之行再揖礼分東西而坐。龍胡等致慰上答曰今日之事専恃皇帝之言与両大人之宣力矣。龍胡曰今而後両国為一家有何憂哉。日已晩矣請速去。遂馳馬前導。上只率三公及判書承旨各五人翰注各一人世子率侍講院翊衛司諸官隨詣三田渡。望見汗張黄屋而坐甲冑而帯弓剣者為方陣而擁立左右張楽鼓吹略倣華制。上歩至陣前龍胡等留上於陣門東。龍胡入報出伝汗言曰前日之事欲言則長矣。今能勇決而来深用喜幸。上答曰天恩罔極。龍胡等引入設席於壇下北面請上就席使清人臚唱。上行三拜九叩頭礼。
>龍胡出傳汗は、正式に和議の成立させた功臣になるわけだから、仁祖に感謝の三拜九叩頭禮をするさ。(猛爆)
「だから」の前後が論理的につながらんな(大笑)。
功臣だからホンタイジのお覚えめでたかったとかならわかるが、
なんで、降伏したものに拝礼するわけ(大笑)
>で、
>清史稿
キミが必死に根拠とし、日付が違うっていいつのる
清史稿って、成立が、辛亥革命以後らしいじゃないか(大笑)
同時代の朝鮮王朝の記録よりもそっちが日付も内容も正確なんか?(大笑)
しかも、
>言っとくが、朝鮮王朝実録の記述は、治世の悪かった王は、ぼろくそに書いてあるので有名だからね。(猛爆)
ふーん。朝鮮王朝実録の記述はデタラメで信じるに値しないと?
治世の悪かった王に関してはしてもいない、三跪九叩頭の礼までしたと
捏造された・・と(大笑)
じゃ、キミ、2度と朝鮮王朝の記録は引いてくるな(大笑)
終ったな・・・。
これは メッセージ 172839 (topics_jk さん)への返信です.
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