『民族』という用語に引きずられた議論
投稿者: kakuiu 投稿日時: 2002/10/08 19:05 投稿番号: [1727 / 230347]
私も、「日本統治に触発されて朝鮮半島の人々が同族意識を共有するようになっていった」という側面はあると思います。
しかしこの点について、はたして「この同族意識」と「日本人であるという自覚」が、同時の朝鮮半島の人々にとって二者択一のものであったのか、という疑問を感じています。
当時の日本人という概念が民族を前提とし、単に国籍を表すものではなかったことは明らかです。しかしだからといって必ずしも、日本統治下で芽生えた朝鮮半島の同族意識が、日本人という意識と対立するものとして存在したとは限らないと思うのです。
どうも、『民族』という和製漢語が、国家と密接な関連を持つ政治的な用語であることがポイントだと感じます。
日本統治下において現れた半島住民の同族意識は、現在の韓民族・朝鮮民族という半島全土に渡って共有されているアイデンティティーのもとになったことは事実でしょう。しかし全くイコールではなかったと思うのです。
しかし、日本統治下で存在したその同族意識のことを『民族意識』と後から定義づけてしまうことによって、『日本人』と言うアイデンティティーと対立して捉えざるを得なくなってしまったのではないでしょうか。当時の『日本人』という概念が民族という考え方を下敷きにしていた以上、『民族意識』と後から定義づけされた当時の朝鮮半島の同族意識は、ひとりの人物の中で共存することは論理的に不可能になります。
この様に、『民族』という政治的な用語に引きずられて、当時の実態から離れた観念的な議論が韓国で行われているように思うのです。
いま現在の朝鮮半島においては、文字通りの民族意識が存在していることは明確な事実です。しかしだからといって過去の歴史に遡って、「現在の民族意識の枠組み」に歴史的事実を当てはめて解釈していくようなことは観念的に過ぎ、当時の実態を解明していくこととは無縁であると思っています。
ちなみに、前回返信いただいた日本統治下の朝鮮半島についての投稿文(No.1698)は、非常に冷静で客観的な内容だと感じました。非常に参考になりました。
これは メッセージ 1723 (aoiparrot01 さん)への返信です.
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