そうですね。
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2002/10/02 16:14 投稿番号: [1654 / 230347]
ご指摘ありがとうございます。仰るとおり、
>愛国啓蒙運動はどちらかというと近代的教育の出発点ではあっても、運動が存在していたことをもって近代的教育が普及していたことにはならないと思います。
とあるように「普及」までは行かないかもしれません。ただし、新教育への考え、志向は大方の意識のある大衆にもほぼ決定的にこの時期に定着し始めていたのではないかと考えている次第です。ナショナリズムが教育の普及に先行したかどうかはそのナショナリズムの性質が問われねばなりませんが、私はその土壌ができつつあったと思っている、ということです。
私は書堂から学校へ、旧教育から新教育への変化の時代を、ちょうどその境目を1905-1910あたりに規定できるのではないかと考えます。それが愛国啓蒙運動としての民族意識と極めて密接なものであったという考えはすでに提示したとおりです。
例えば民族教育や新学問で有名どころでいうと、
大成学校1907年、五山学校1907年、ヒムン学校1904年、明進女学校1906年→淑明女学校1909年、進明女学校1906年、養正義塾1905年、ソジョン義塾1907年、などがあげられましょうか。ほかにもキリスト教系では、もっと早くに新教育を教えた学校がいくつもあることでしょう。
この当時には私立学校の規定がまだなく設立・廃校が自由で、かなり民族的な学校も作られ、またかなりいい加減な学校もできたりもしました。しかし、私立学校の乱立の雰囲気に民族的な自覚も関係していないとはいえないような気がします。いい加減な学校を含めてのことですが、1908年の官公立普通学校教監会議での報告によると4000-5000の私立学校があったとされています。
そこで、統監府は1908年に私立学校令を公布し設立にあたって認可が必要となったわけでした。そこに教科書の検定や認可が入っていたところも興味深いところです。しかしこれは名目だけで実際には私立学校令は当初においては厳格な実施は不可能であったとされます。参考までに、認可された私立学校の総数は1910年5月現在で2250校だったとのことです。(このあたり森田芳夫の本を参照)
当時の私立学校がすべて愛国啓蒙運動の一環だとはいいませんし、日本系の学校もあったのですが、少なからぬ学校ではこの運動とかなり深い影響関係を有したことを否定しきれないような気がします。
その他、私は新聞にも注目する必要があるというようなことも述べました。
この時期の言論はなんといっても新聞だったのではないでしょうか。
独立新聞などは1900年ごろには3000部の読者を持っていましたし、分かるところでは大韓毎日新報が1908年5月のもので13400部の記録があります。同じくこの頃の民族系の新聞では帝国新聞が1000-3000部程度、皇城新聞が2000-3200部程度、とのことです。これらは極めて自主独立、民族色の強いものでした。少ないといえば少ないですが、全部あわせれば当時の朝鮮という土地を考えれば、それなりの数にはなりそうです。親日系列の国民新報や大韓新聞は「韓国新聞史」を信ずるとすれば読者獲得にはさほど成功していなかったとのことです。
さて、学術的、その他の部分を見ても、この時期にはいろいろな成果があります。このあたりも民族的な意識とは無関係とはいえないのではないでしょうか。
朝鮮語の文法書として崔光玉「大韓文典」、李鳳雲「文正理」、池ソギョン「新訂国文」、周時経「国語文典音学」「国語文法」その他いろいろです。
文学面でも、新小説に唱歌(愛国歌がいろいろつくられたりもしましたね)、新体詩などこの頃に新しい展開を見せましたが、新小説には政治小説も含まれていますし崔南善の詩の試みにはやはり民族への期待や意識は明らかでしょう。それらが、それなりに読まれたということです。新小説などの流行の背景には民権思想、自由思想などがあったはずです。
細かく言うときりがありませんが、これらのすべては1900-1910年までのことでした。大方、1905-1910年です。
このことで議論するには民族主義の規定や国民国家の理解、その他いろいろな前提を伴うでしょうからとくに自分の考えを押し付ける気はありませんが、私はそうした動きを認める一方で、さて、その民族意識や国民意識はどのような性質のものであり、問題点があるとすればどこに見出せるのかを考えるべきであって「民族はなかった」というコラムにどうしてもすんなりと肯定できなかった次第でした。
いろいろと細かく、うるさく失礼しました。なるべくおとなしくしているつもりでしたが、また書き込んでしまいました。さきほどご指摘いただきましたとおり、具体的な論議はまたいずれのこととなりそうですが、私の考えを少し具体的に敷衍させていただきました。細かいことを書くときりかな\xA4
>愛国啓蒙運動はどちらかというと近代的教育の出発点ではあっても、運動が存在していたことをもって近代的教育が普及していたことにはならないと思います。
とあるように「普及」までは行かないかもしれません。ただし、新教育への考え、志向は大方の意識のある大衆にもほぼ決定的にこの時期に定着し始めていたのではないかと考えている次第です。ナショナリズムが教育の普及に先行したかどうかはそのナショナリズムの性質が問われねばなりませんが、私はその土壌ができつつあったと思っている、ということです。
私は書堂から学校へ、旧教育から新教育への変化の時代を、ちょうどその境目を1905-1910あたりに規定できるのではないかと考えます。それが愛国啓蒙運動としての民族意識と極めて密接なものであったという考えはすでに提示したとおりです。
例えば民族教育や新学問で有名どころでいうと、
大成学校1907年、五山学校1907年、ヒムン学校1904年、明進女学校1906年→淑明女学校1909年、進明女学校1906年、養正義塾1905年、ソジョン義塾1907年、などがあげられましょうか。ほかにもキリスト教系では、もっと早くに新教育を教えた学校がいくつもあることでしょう。
この当時には私立学校の規定がまだなく設立・廃校が自由で、かなり民族的な学校も作られ、またかなりいい加減な学校もできたりもしました。しかし、私立学校の乱立の雰囲気に民族的な自覚も関係していないとはいえないような気がします。いい加減な学校を含めてのことですが、1908年の官公立普通学校教監会議での報告によると4000-5000の私立学校があったとされています。
そこで、統監府は1908年に私立学校令を公布し設立にあたって認可が必要となったわけでした。そこに教科書の検定や認可が入っていたところも興味深いところです。しかしこれは名目だけで実際には私立学校令は当初においては厳格な実施は不可能であったとされます。参考までに、認可された私立学校の総数は1910年5月現在で2250校だったとのことです。(このあたり森田芳夫の本を参照)
当時の私立学校がすべて愛国啓蒙運動の一環だとはいいませんし、日本系の学校もあったのですが、少なからぬ学校ではこの運動とかなり深い影響関係を有したことを否定しきれないような気がします。
その他、私は新聞にも注目する必要があるというようなことも述べました。
この時期の言論はなんといっても新聞だったのではないでしょうか。
独立新聞などは1900年ごろには3000部の読者を持っていましたし、分かるところでは大韓毎日新報が1908年5月のもので13400部の記録があります。同じくこの頃の民族系の新聞では帝国新聞が1000-3000部程度、皇城新聞が2000-3200部程度、とのことです。これらは極めて自主独立、民族色の強いものでした。少ないといえば少ないですが、全部あわせれば当時の朝鮮という土地を考えれば、それなりの数にはなりそうです。親日系列の国民新報や大韓新聞は「韓国新聞史」を信ずるとすれば読者獲得にはさほど成功していなかったとのことです。
さて、学術的、その他の部分を見ても、この時期にはいろいろな成果があります。このあたりも民族的な意識とは無関係とはいえないのではないでしょうか。
朝鮮語の文法書として崔光玉「大韓文典」、李鳳雲「文正理」、池ソギョン「新訂国文」、周時経「国語文典音学」「国語文法」その他いろいろです。
文学面でも、新小説に唱歌(愛国歌がいろいろつくられたりもしましたね)、新体詩などこの頃に新しい展開を見せましたが、新小説には政治小説も含まれていますし崔南善の詩の試みにはやはり民族への期待や意識は明らかでしょう。それらが、それなりに読まれたということです。新小説などの流行の背景には民権思想、自由思想などがあったはずです。
細かく言うときりがありませんが、これらのすべては1900-1910年までのことでした。大方、1905-1910年です。
このことで議論するには民族主義の規定や国民国家の理解、その他いろいろな前提を伴うでしょうからとくに自分の考えを押し付ける気はありませんが、私はそうした動きを認める一方で、さて、その民族意識や国民意識はどのような性質のものであり、問題点があるとすればどこに見出せるのかを考えるべきであって「民族はなかった」というコラムにどうしてもすんなりと肯定できなかった次第でした。
いろいろと細かく、うるさく失礼しました。なるべくおとなしくしているつもりでしたが、また書き込んでしまいました。さきほどご指摘いただきましたとおり、具体的な論議はまたいずれのこととなりそうですが、私の考えを少し具体的に敷衍させていただきました。細かいことを書くときりかな\xA4
これは メッセージ 1651 (kazahayataro さん)への返信です.
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