Re: Y染色体/2の1の2
投稿者: joumonjin_no_shison 投稿日時: 2009/11/27 12:06 投稿番号: [158589 / 230347]
>>まだ自分の誤り正せないの?さっさと正そうよ。
>>インドに多くみられるHとかLとかをインド系っていうのはわかるけど
>>インドに全然ないC1をインド系っていうのはオカシイよね。
>>あと、C3を旧石器時代人って書くのも2重に不適切だね。
>あわてないでお嫁サンバ(^^;
できることからはじめよう。
>最初にそういったというだけなのに。指摘を認めてるのに。
認めたなら、誤りは繰り返さないものだw
>貴方のC1系についての意見を是非聞きたい。
よく「意見を聞きたい」というヤツがいるが、
何の根拠もないことに対して、
思いつきを聞きたがるのは
正常な理性を有していない。
>インド系というのがおかしいのは分かった。
ほんとうにわかったのか?
>では何時頃どういうルートで来たのか?
ああ、キミ、崎谷は読んでもスペンサー・ウェルズ
(ジェノグラフィック・プロジェクトの元締)とかは
読まないんだ。
彼の説は、Cの人は海岸沿いのルートを辿ったというもの。
しかも当時は海面が今より低かったから、
今では海の底になってる場所が海岸だった。
海沿いを移動したのは、そのほうが食糧にありつきやすいから。
>何故朝鮮にはいないのか?
当時の海岸線は東シナ海の先にあるから
朝鮮半島は海岸線上ではない。
もちろん、「海岸ルート」説では、
「なぜ、C3の人はモンゴルにいるんだ?
モンゴル、海ないぞ」
というツッコミがありえるが、
C3の人が、いつ、どこから内陸に移動したかも興味のあるところだ。
>>一つはD2が旧石器時代にいなかった、といわんがばかりの点で
>先ずこれは貴方の言っている説に傾いている。
>D2が旧石器時代から縄文に自力で移ったことは、
>明治維新を経て西洋の文化を取り入れたことに似ている。
違うんじゃないか?
別にヨソからパクったわけじゃないからw
>>もう一つはC3が後から朝鮮経由で入ってきた可能性を否定する点で
>>少なくとも、C3がD2に比べて明らかに少なく
>>さらに地域的傾斜が激しい(九州で多いが他の地域ではほとんどない)
>>点でも君の主張は全然疑わしいよ。
>自分のもともとの発想はアイヌのY染色体構成から。
>アイヌのそれはD2が88%、C3が12%。他はゼロ。
その調査、サンプルは16人なんて、C3は2人だけだけどなw
>従ってC3は古くから日本にいると考えた。
>ただアイヌは沿海州との交易もあった、
>後から混淆した可能性は考えられる。
アイヌのC3は、北から入ったと考えられている。
ニヴフやウィルタにはC3があるから。
>しかし東北ではほとんどC3(シベリア系)はみられない。
>この点で貴方の説(C3が後から朝鮮経由で入ってきた)のほうが正しいかも。
いずれ、詳しい調査で明らかになると思われる。
>つまり3万年ほど前からいたD2が何らかのきっかけで新石器時代を経て縄文人になった。
>これはこれで楽しい。
>自力で進化したのか外部要因で進化したのか?
>どちらにしろ縄文人の底力、恐るべし。
進化というより、環境への適応といったほうがいい。
旧石器時代は、そもそも寒すぎて食糧になる植物資源が乏しかった。
肉を食うしかないわけだ。
暖かくなったら植物やら動物やらの分布も変わる。
>>3000年前なら弥生人の渡来の前後、2000年前ならそれから1000年経っている。
>>日本の環境もガラッと変わっている。人口も大分増えていただろうし。
>>その場合、そもそも弥生人の渡来時期がずれるわけだがね。
>貴方の言い方は分かりづらい。
>「その場合」とは3000年前をさしている?2000年前をさしている?
「O2b1aの男性の出現が2000年前の場合」
つまりその場合、渡来自体が遅いということになる。
>自分の考えでは・・・
この言葉を口にするとき、キミは自分が何の根拠もなく
口からデマカセでいっているということを意識したほうがいい。
>弥生時代の始まりは2800年前くらい。長江文明の終焉の時。
あのね、年代というのは、いろいろな調査によって決まるんだ。
つまり調査の結果が変われば、変動するもんなんだ。
決して、絶対的なものではないんだ。分かるか?
>>インドに多くみられるHとかLとかをインド系っていうのはわかるけど
>>インドに全然ないC1をインド系っていうのはオカシイよね。
>>あと、C3を旧石器時代人って書くのも2重に不適切だね。
>あわてないでお嫁サンバ(^^;
できることからはじめよう。
>最初にそういったというだけなのに。指摘を認めてるのに。
認めたなら、誤りは繰り返さないものだw
>貴方のC1系についての意見を是非聞きたい。
よく「意見を聞きたい」というヤツがいるが、
何の根拠もないことに対して、
思いつきを聞きたがるのは
正常な理性を有していない。
>インド系というのがおかしいのは分かった。
ほんとうにわかったのか?
>では何時頃どういうルートで来たのか?
ああ、キミ、崎谷は読んでもスペンサー・ウェルズ
(ジェノグラフィック・プロジェクトの元締)とかは
読まないんだ。
彼の説は、Cの人は海岸沿いのルートを辿ったというもの。
しかも当時は海面が今より低かったから、
今では海の底になってる場所が海岸だった。
海沿いを移動したのは、そのほうが食糧にありつきやすいから。
>何故朝鮮にはいないのか?
当時の海岸線は東シナ海の先にあるから
朝鮮半島は海岸線上ではない。
もちろん、「海岸ルート」説では、
「なぜ、C3の人はモンゴルにいるんだ?
モンゴル、海ないぞ」
というツッコミがありえるが、
C3の人が、いつ、どこから内陸に移動したかも興味のあるところだ。
>>一つはD2が旧石器時代にいなかった、といわんがばかりの点で
>先ずこれは貴方の言っている説に傾いている。
>D2が旧石器時代から縄文に自力で移ったことは、
>明治維新を経て西洋の文化を取り入れたことに似ている。
違うんじゃないか?
別にヨソからパクったわけじゃないからw
>>もう一つはC3が後から朝鮮経由で入ってきた可能性を否定する点で
>>少なくとも、C3がD2に比べて明らかに少なく
>>さらに地域的傾斜が激しい(九州で多いが他の地域ではほとんどない)
>>点でも君の主張は全然疑わしいよ。
>自分のもともとの発想はアイヌのY染色体構成から。
>アイヌのそれはD2が88%、C3が12%。他はゼロ。
その調査、サンプルは16人なんて、C3は2人だけだけどなw
>従ってC3は古くから日本にいると考えた。
>ただアイヌは沿海州との交易もあった、
>後から混淆した可能性は考えられる。
アイヌのC3は、北から入ったと考えられている。
ニヴフやウィルタにはC3があるから。
>しかし東北ではほとんどC3(シベリア系)はみられない。
>この点で貴方の説(C3が後から朝鮮経由で入ってきた)のほうが正しいかも。
いずれ、詳しい調査で明らかになると思われる。
>つまり3万年ほど前からいたD2が何らかのきっかけで新石器時代を経て縄文人になった。
>これはこれで楽しい。
>自力で進化したのか外部要因で進化したのか?
>どちらにしろ縄文人の底力、恐るべし。
進化というより、環境への適応といったほうがいい。
旧石器時代は、そもそも寒すぎて食糧になる植物資源が乏しかった。
肉を食うしかないわけだ。
暖かくなったら植物やら動物やらの分布も変わる。
>>3000年前なら弥生人の渡来の前後、2000年前ならそれから1000年経っている。
>>日本の環境もガラッと変わっている。人口も大分増えていただろうし。
>>その場合、そもそも弥生人の渡来時期がずれるわけだがね。
>貴方の言い方は分かりづらい。
>「その場合」とは3000年前をさしている?2000年前をさしている?
「O2b1aの男性の出現が2000年前の場合」
つまりその場合、渡来自体が遅いということになる。
>自分の考えでは・・・
この言葉を口にするとき、キミは自分が何の根拠もなく
口からデマカセでいっているということを意識したほうがいい。
>弥生時代の始まりは2800年前くらい。長江文明の終焉の時。
あのね、年代というのは、いろいろな調査によって決まるんだ。
つまり調査の結果が変われば、変動するもんなんだ。
決して、絶対的なものではないんだ。分かるか?
これは メッセージ 158575 (monjujz さん)への返信です.
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