Re: 百済と韓国は無関係?その1
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/10/27 07:27 投稿番号: [157165 / 230347]
『後漢書』東夷傳
>韓有三種:一曰馬韓、二曰辰韓、三曰弁辰。馬韓在西、有五十四國、
其北與樂浪、南與倭接。辰韓在東、十有二國、其北與■貊接。弁辰
在辰韓之南、亦十有二國、其南亦與倭接。
韓には三種あり、一に馬韓、二に辰韓、三に弁辰という。馬韓は西に
在り、五十四カ国、その北に楽浪、南に倭と接する。辰韓は東に在り、
十有二国、その北に■貊と接する。弁辰は辰韓の南に在り、また
十有二国、その南はまた倭と接する
(引用者注:■部は「さんずいへん」に「穢れ」の右側で“ワイ”)
同書倭人伝
>倭在韓東南大海中、依山島為居、凡百餘國。
倭は韓の東南、大海中の山島に拠って暮らす。およそ百余国
最初からムチャなネタふりなんですよ。
倭在韓東南大海中、依山島為居、凡百餘國。自武帝滅朝鮮、使驛通於漢者三十許國、國皆稱王、世世傳統。其大倭王居邪馬臺國。樂浪郡徼去其國萬二千里、去其西北界拘邪韓國七千餘里。其地大較在會稽東冶之東、與朱崖、儋耳相近、故其法俗多同。
倭は韓の東南、大海中の山島に拠って暮らす。およそ百余国。前漢の武帝が朝鮮を滅ぼしてより、漢に使訳(使者と通訳)を通じてくるのは三十国ほど。国では皆が王を称することが代々の伝統である。そこの大倭王は邪馬臺国に居する。楽浪郡の境界から、その国までは一万二千里。その西北界の拘邪韓国から七千余里。その地は凡そ会稽郡東冶の東に在り、(海南島の)朱崖や儋耳と相似しており、その法俗も多くが同じである。
楽浪郡境界から邪馬台国まで一万二千里(後漢の1里は75mだから、900km)。
その(邪馬台国)の西北界にある拘邪韓国(此処までは朝鮮半島だから、邪馬台国は朝鮮半島にあったというわけだな。)
から7000里(525km程度)にある国は、会稽郡東冶(福建省福州付近)の東に在り、(海南島の)朱崖や儋耳と相似しており、その法俗も多くが同じである。
↑
という事で、これは台湾の事だな。(猛爆)
朝鮮半島に邪馬台国まであるんだから合ってるではないか?
何がいいたいの?(猛爆)
これは メッセージ 157162 (qapla_jup さん)への返信です.
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