Re: 在日問題の最善の解決策1
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/05/09 17:58 投稿番号: [145170 / 230347]
リンクのせいかもしれないが、投稿した返信が削除されているな。仕事が忙しかったので何を書いたか分からなくなったんで、改めて返信する。
>>お前の弁明が、SCAPIN677~SF条約に至る過程で、対馬と竹島は韓国領でないというなら、北方領土問題はどうなるのかね?
>なんでここでSCAPIN677号が出てくるのやら。
元はこれだ。
<<「ラスク書簡」、「ヴァンフリート特命報告書」は、SF条約に反映されなかったから関係ないね。日本国法で、日本から外される範囲に、現在もSCAPIN677の決定が記載されている以上、SCAPIN677を凌駕出来ないということだ。>>
↑
だから、聞いている。
>>李ラインを挟んで日韓艦艇が対峙しているから、超えたほうを拿捕する。
>韓国の悪行が書かれているだけで、どこにも日本が日本の領海内ではなく、李承晩ラインの日本側の海域で韓国漁船を拿捕したとは書かれていないんだがな。幻覚が見えるほど狂ったのかw。
では、日本は何処の海域で韓国漁船を拿捕したのかね?
>>李ラインは、1952年 9月当時、国際連合軍司令官 M.W.クラークによって追認され、クラークラインになった。
>また大嘘をつく訳か。
クラークラインとは、鮮国連軍が定めた防衛水域の事で、李承晩ラインとは一致しない別物(東西の幅がかなり狭いし竹島は範囲外)だし、当然クラーク将軍が李承晩ラインを追認したなんて事実はない。
これは、横から外野がうるさいんで混乱した。
「マッカーサーラインをほぼ踏襲したものが李ラインで、クラークラインは、お前のいう通り、朝鮮国連軍の防衛水域線。と、訂正しておく。」
あらためて
最初の李承晩韓国大統領の隣接海洋に対する主権宣言による李ラインは、米軍の関係もあり事実上機能しなかったが、国連軍防衛水域として、1952年9月27日クラークラインが引かれ、1952年11月10日平和線として韓国軍独自の李ラインが復活し、クラークライン廃止まで、公海上に2本存在したということだな。
第015回国会 水産委員会 第4号 昭和二十七年十一月二十九日(土曜日)
倭島政府委員
国連軍と韓国の艦艇の関係でございますが、従来何回も交渉した結果承知しておるところによれば、韓国の艦艇は国連軍の司令官の指揮下に入つておると承知しております。従つて国連軍の司令官の命令のもとに動く、あるいは監督指揮のもとに動くという建前になつておると承知しております。そのほか防衛水域の領海の近所を航海する韓国の艦艇で、国連軍の指揮下に入つていない艦艇はほとんどないのではないかと私は想像しております。
↑
ということで、国連軍指揮下の韓国軍独自の李ライン復活において、日本政府の国連軍に対する再三の抗議にも関わらず、李ラインが存続したということは、国連軍が認めたということにもなるし、既出の国会答弁においても、その責任はアメリカにあるといっている。
拿捕が頻発したのは、上記の国会答弁でも出ているが、対馬や済州島近辺のクラークラインの侵入によるものが殆どだから、マッカーサーライン、李ライン、クラークラインとも、ほぼ同一線上にあるので、李ラインを復活させ北東に広げたとこで関心が無かったともいえるがな。で、所謂平和線として日韓条約調印まで存続したということだな。
しかし、多くの拿捕抑留者を出しながら、危険を承知で出漁する日本漁船が絶えなかったのは、漁民に鮮人蔑視の心が根強く残っていて、韓国をなめていたんだろうと思うね。時代を読めなかったということと、出漁先が朝鮮戦争中と承知しながら、危険を顧みず出漁し拿捕されたのは、注意勧告を無視してイラクやアフガニスタンに行って拉致されるのと同じで、自業自得ともいえる。
>>お前の弁明が、SCAPIN677~SF条約に至る過程で、対馬と竹島は韓国領でないというなら、北方領土問題はどうなるのかね?
>なんでここでSCAPIN677号が出てくるのやら。
元はこれだ。
<<「ラスク書簡」、「ヴァンフリート特命報告書」は、SF条約に反映されなかったから関係ないね。日本国法で、日本から外される範囲に、現在もSCAPIN677の決定が記載されている以上、SCAPIN677を凌駕出来ないということだ。>>
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だから、聞いている。
>>李ラインを挟んで日韓艦艇が対峙しているから、超えたほうを拿捕する。
>韓国の悪行が書かれているだけで、どこにも日本が日本の領海内ではなく、李承晩ラインの日本側の海域で韓国漁船を拿捕したとは書かれていないんだがな。幻覚が見えるほど狂ったのかw。
では、日本は何処の海域で韓国漁船を拿捕したのかね?
>>李ラインは、1952年 9月当時、国際連合軍司令官 M.W.クラークによって追認され、クラークラインになった。
>また大嘘をつく訳か。
クラークラインとは、鮮国連軍が定めた防衛水域の事で、李承晩ラインとは一致しない別物(東西の幅がかなり狭いし竹島は範囲外)だし、当然クラーク将軍が李承晩ラインを追認したなんて事実はない。
これは、横から外野がうるさいんで混乱した。
「マッカーサーラインをほぼ踏襲したものが李ラインで、クラークラインは、お前のいう通り、朝鮮国連軍の防衛水域線。と、訂正しておく。」
あらためて
最初の李承晩韓国大統領の隣接海洋に対する主権宣言による李ラインは、米軍の関係もあり事実上機能しなかったが、国連軍防衛水域として、1952年9月27日クラークラインが引かれ、1952年11月10日平和線として韓国軍独自の李ラインが復活し、クラークライン廃止まで、公海上に2本存在したということだな。
第015回国会 水産委員会 第4号 昭和二十七年十一月二十九日(土曜日)
倭島政府委員
国連軍と韓国の艦艇の関係でございますが、従来何回も交渉した結果承知しておるところによれば、韓国の艦艇は国連軍の司令官の指揮下に入つておると承知しております。従つて国連軍の司令官の命令のもとに動く、あるいは監督指揮のもとに動くという建前になつておると承知しております。そのほか防衛水域の領海の近所を航海する韓国の艦艇で、国連軍の指揮下に入つていない艦艇はほとんどないのではないかと私は想像しております。
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ということで、国連軍指揮下の韓国軍独自の李ライン復活において、日本政府の国連軍に対する再三の抗議にも関わらず、李ラインが存続したということは、国連軍が認めたということにもなるし、既出の国会答弁においても、その責任はアメリカにあるといっている。
拿捕が頻発したのは、上記の国会答弁でも出ているが、対馬や済州島近辺のクラークラインの侵入によるものが殆どだから、マッカーサーライン、李ライン、クラークラインとも、ほぼ同一線上にあるので、李ラインを復活させ北東に広げたとこで関心が無かったともいえるがな。で、所謂平和線として日韓条約調印まで存続したということだな。
しかし、多くの拿捕抑留者を出しながら、危険を承知で出漁する日本漁船が絶えなかったのは、漁民に鮮人蔑視の心が根強く残っていて、韓国をなめていたんだろうと思うね。時代を読めなかったということと、出漁先が朝鮮戦争中と承知しながら、危険を顧みず出漁し拿捕されたのは、注意勧告を無視してイラクやアフガニスタンに行って拉致されるのと同じで、自業自得ともいえる。
これは メッセージ 145057 (asianrobo さん)への返信です.
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