影のあるところ、また、陽がさすもの
投稿者: netcitizenjp 投稿日時: 2002/09/03 00:08 投稿番号: [1134 / 230347]
>netcitizenjpさんのことを断定するつもりはなかったのですが、レスとして返した以上、そう誤解されても仕方ないですね。
怒っていったわけではないので、勘違いしないでほしい。貴方とは韓国関係のカテで幾度かお会いしています。
だから、誤解をしているわけではありません。
自分の意見として発言はしていますが、過小評価も過大評価もするつもりはありません。
でも、それほどおかしいですか?
私は自立国として、過去の日本の近代化を評価しています。列強と言いませんが、力のない国ともいってません。
>否定論あれば聞きたいです。
1%の才能、99%の努力なんていいますが、人の考えのその多くは後天的に身につけるのもです。教育しかり、地域社会しかりです。
私は独裁者と宗教は大嫌いです。
なぜかと言えば、所詮は人のお説教、口達者で人を欺く行為にすぎないからです。
それと、物事はきれい事では成り立たず、陽のあるところまた影があるのです。
だけど、大人なら陽でも影でも堂々と歩いていきたいと思う。
>「日英同盟」
自立国としての証という意味では、同意しますよ。国と国という関係は今の日英関係にも通じていますから。
リンクの先は、その姿を素直にうつしているでしょうね。
>明治の文明開化や富国強兵の背景には、当時日本が相当高い農業生産力を持っていたことがあると思います。農業に余力があったからこそ殖産工業化に突き進めたのでしょう。
でなければ、あれほど短期間に「列強」に互する力を持てたわけがない。
いい筋をされていますね。
いくつか残念な面もあるので、その部分を補足しましょう。
農業経済学的には、小作人の生産力向上と地主からの小作人の身分解放という両面からみなければなりません。
もう一つ加えるなら、小作人の身分解放が国家の工業政策と大きなつながりがあります。
当時の日本とイギリスは農業生産性でみればたしかに近いものがあります。
イギリスの農業の特徴は、生産性向上・小作人の自立・民主主義的・法制度の充実などがあり後の産業革命の礎につながります。自然発生的で民衆から生まれた工業と言っても不思議でないと思います。
一方、日本の場合は、近代化の課程で上からの改革(=殖産興業)的な側面の割には農民の身分解放は弱く戦後まで満足のいく水準とは言えません。(=いわゆる出稼ぎに近い。もっとも酒の文化はこういう人が支えているが・・)
地主の地位は高く、戦後の土地改革までその流れは失われていませんでした。
日英は似た環境を出発点としていますが、この点は大きく異なるし、その差は生産力の差→軍事力・政治力の差→列強としての強度として、両国の差を率直に表現していきます。
私が日本が1943年といった背景には、大戦中のガルガナルの敗戦、すなわち、全ての身分的に高い貴族や地主といった名家の没落の発端が、後の日本の高度成長の源流だったと思っているからです。
そして、そこで辛酸をなめた”ねだりません、勝つまでは”の発想は、以後80年近く日本の「ジャパニーズ・ビジネスマン」的な経済の原動力と思えるんですよ。
>もちろん「影」の部分を切り捨ててしまってはいけませんが
影はマイナスイメージだけではありません。過去に栄光の道への原点が多く隠れていることも多いんです。
影あるところ、また陽が訪れるんです。
違いますか?
怒っていったわけではないので、勘違いしないでほしい。貴方とは韓国関係のカテで幾度かお会いしています。
だから、誤解をしているわけではありません。
自分の意見として発言はしていますが、過小評価も過大評価もするつもりはありません。
でも、それほどおかしいですか?
私は自立国として、過去の日本の近代化を評価しています。列強と言いませんが、力のない国ともいってません。
>否定論あれば聞きたいです。
1%の才能、99%の努力なんていいますが、人の考えのその多くは後天的に身につけるのもです。教育しかり、地域社会しかりです。
私は独裁者と宗教は大嫌いです。
なぜかと言えば、所詮は人のお説教、口達者で人を欺く行為にすぎないからです。
それと、物事はきれい事では成り立たず、陽のあるところまた影があるのです。
だけど、大人なら陽でも影でも堂々と歩いていきたいと思う。
>「日英同盟」
自立国としての証という意味では、同意しますよ。国と国という関係は今の日英関係にも通じていますから。
リンクの先は、その姿を素直にうつしているでしょうね。
>明治の文明開化や富国強兵の背景には、当時日本が相当高い農業生産力を持っていたことがあると思います。農業に余力があったからこそ殖産工業化に突き進めたのでしょう。
でなければ、あれほど短期間に「列強」に互する力を持てたわけがない。
いい筋をされていますね。
いくつか残念な面もあるので、その部分を補足しましょう。
農業経済学的には、小作人の生産力向上と地主からの小作人の身分解放という両面からみなければなりません。
もう一つ加えるなら、小作人の身分解放が国家の工業政策と大きなつながりがあります。
当時の日本とイギリスは農業生産性でみればたしかに近いものがあります。
イギリスの農業の特徴は、生産性向上・小作人の自立・民主主義的・法制度の充実などがあり後の産業革命の礎につながります。自然発生的で民衆から生まれた工業と言っても不思議でないと思います。
一方、日本の場合は、近代化の課程で上からの改革(=殖産興業)的な側面の割には農民の身分解放は弱く戦後まで満足のいく水準とは言えません。(=いわゆる出稼ぎに近い。もっとも酒の文化はこういう人が支えているが・・)
地主の地位は高く、戦後の土地改革までその流れは失われていませんでした。
日英は似た環境を出発点としていますが、この点は大きく異なるし、その差は生産力の差→軍事力・政治力の差→列強としての強度として、両国の差を率直に表現していきます。
私が日本が1943年といった背景には、大戦中のガルガナルの敗戦、すなわち、全ての身分的に高い貴族や地主といった名家の没落の発端が、後の日本の高度成長の源流だったと思っているからです。
そして、そこで辛酸をなめた”ねだりません、勝つまでは”の発想は、以後80年近く日本の「ジャパニーズ・ビジネスマン」的な経済の原動力と思えるんですよ。
>もちろん「影」の部分を切り捨ててしまってはいけませんが
影はマイナスイメージだけではありません。過去に栄光の道への原点が多く隠れていることも多いんです。
影あるところ、また陽が訪れるんです。
違いますか?
これは メッセージ 1126 (sea_of_zippang さん)への返信です.
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